19 外崎 由香 氏 カラーコンサルタント【北海道カラーデザイン研究室 代表】

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外崎 由香氏


北海道カラーデザイン研究室 代表
http://www.h-colorlab.com/

一般社団法人日本色彩療法士協会 代表理事

藤女子大学非常勤講師
専門学校カラーデザイン検定対策講師
専門学校コミュニケーションマナー講師
専門学校サービス接遇検定対策講師
ヒューマンアカデミー札幌校カラー講師
道新カルチャースクール千歳教室講師
札幌カルチャー平岡教室講師
ヨークカルチャー琴似教室講師
ICD国際カラーデザイン協会 北海道・東北支部長
北海道よろず支援拠点コーディネーター

【事業内容】
1 色彩学講師・講演活動
行政や企業研修・ワークショップなど
2 カラ―コンサルティング
景観・インテリア・プロダクト・ファッションなど
3 色彩教材開発&販売
オリジナルカラーカードやテキスト販売
4 色彩研究・論文・コラム執筆
色彩と建築都市史、まちづくりに関する研究など
5 一般社団法人日本色彩療法士協会運営
色彩療法士資格認証事業

【事業内容】
1 色彩学講師・講演活動
行政や企業研修・ワークショップなど
2 カラ―コンサルティング
景観・インテリア・プロダクト・ファッションなど
3 色彩教材開発&販売
オリジナルカラーカードやテキスト販売
4 色彩研究・論文・コラム執筆
色彩と建築都市史、まちづくりに関する研究など
5 一般社団法人日本色彩療法士協会運営
色彩療法士資格認証事業


「色を仕事にしたい」

外崎代表は前例のない業態での起業を目指して進んでいきました。

本当にやりたいことを仕事にすることはなかなか難しいことです。

外崎さんは“やりたいことを仕事にする”ために、どのように取り組んできたのか。ぜひご覧ください。


 

1.起業まで

 

 

一番最初に正社員で務めたのは、北海道新聞社の販売センターでした。

地域の地元密着型ミニコミ誌のライターとして、運動会があれば取材に行って、写真を撮って、記事を書いて、という仕事をしていました。

また、バス旅行や料理教室などのイベントを企画し、運営や司会進行、ときには添乗員もやりました。

不思議なことに配属された企画部門は、私の入社と同時に立ち上げた部門で、しかも、先輩がいない!新卒の私は右往左往しながら、なんとかやってましたね。

「私にできると思ったから社長は任せてくれたのだ!」と都合よくポジティブにとらえて、6年ほどやらせていただきました。

失敗もしましたけど、経験もたくさん積めましたし、色々な方と逢ってお話しをするのが楽しかったですね。

 

その後個人的な事情もあり会社を辞めて、次は派遣で仕事をすることにしました。

 

当時は派遣の時給がとても良い時代だったのです。(笑)

 

派遣でいろいろな仕事をさせていただき、一番最後に大手携帯電話会社のショールームで働かせていただきました。

携帯電話の新商品や新サービスが出るたびに、使い方などのインストラクトをしていました。

 

そのショールームは最先端の情報を提供する場だったこともあり、北海道のFMラジオ局のAir-Gのスタジオも併設していました。

鈴井貴之さんと北川久仁子さんの「ゴイス」という番組で、毎週アーティストがゲストとしていらっしゃるとても華やかな職場でした。

有名な方が多数いらっしゃいましたね。

Gacktさん、ゆずさん、吉川晃司さん、平井堅さん、忌野清志郎さんなどなどです。

今思い出しても、豪華で贅沢な職場でしたね。

 

ショールームの接客インストラクターとして、4年ほど働きました。

 

その仕事、私は辞めたくはなかったんですが(笑)、アンテナショップとしての役目を果たした、ということでクローズになりました。

 

それで今度は、携帯電話会社の事務の仕事、初めて裏方の仕事に就きました。

 

固定資産の管理や会計の仕事など、急に全く違う仕事をすることになりました。

それまでは華やかな職場で多くのお客様を相手に仕事をしていたのが、毎日同じ人と顔を合わせて仕事をしなければならないことが苦痛になってきました(苦笑。

 

もうこの仕事無理だな、と思い始めていた時に私が「交通事故」にあいました。

 

そうすると、当時は派遣社員でしたらから、長期入院と療養生活で仕事ができなくなり、契約終了になりました。

あれほど「この仕事嫌だな」と思っていたのに、いざ契約を終了されてしまうと、とても悔しく思いました。

 

必要とされないことに悔しさを感じました。

同時に身体が思うように動かない苛立ちとそれを周囲に理解されない苛立ち、もう何もかも嫌になって自宅に引きこもるようになりました。

 

この時、リハビリとして始めたのが、絵を描くことです。

私は一人っ子だったこともあり、子供のころから家でよく一人で絵を描いたり、ぬり絵をしたりしていました。

 

リハビリとして始めた絵。最初は暗い色の絵ばかりでしたが、日が経つにつれてだんだん絵の色が明るくなっていったのです。

 

自宅と病院の往復で、洋服も気にしていませんでしたが、だんだんと明るい色を着るようになると心も明るくなっていきました。

 

その時に「色って心と繋がっているな」と実感したんです。

私は色に救われました。

 

 

 

これまでなんとなく生きてきた部分もあり、今が楽しければいいと思っていましたが、事故によって当たり前の毎日が一瞬で変わることを痛感していました。自分が人生のターニングポイントにいると感じ、「人生一度きりだし、せっかくなら自分の好きなことをやりたいな」と思い始めました。

 

そんなことを考えていたある日、新聞を開いたら「色彩検定」という文字が目に飛び込んできたんです。

 

その時に、根拠は一切ないんですが「これだ!」と思いました。

 

それから、どうやったら色彩検定の資格がとれるのかとか、どうやって勉強すればいいのか、ということを調べ始めました。

それから実際に学校に行って話を聞いたり、東京まで出向いて色の勉強についていろいろなところで調べました。

 

そして、私は「これ(色)を仕事にしていこう」と決めたんです。

 

でも周りの人たちはすごく心配していました。

 

「色の仕事しています」といっても皆さんわからないですよね(笑。

 

一番近くにいる親も「また派遣で働きなさい」と言いました。

ですが、「私どうしてもやってみたいから、1年間だけやらせてほしい。1年やってダメだったら諦めるから」と説得しました。

 

 

 

2.起業

 

 

1年間本当に頑張りました。

 

24時間365日、色のことを考えたといっても過言ではないくらいです。

 

その甲斐ありまして、色彩検定の1級も取得しましたし、カラー関係の資格もほとんど取得しました。

そして、1年の勉強と資格の取得後、道新文化センターの帯広校で講師の仕事をいただいたんです。

 

根拠のない自信から始まった色への探究心でしたが、資格を取り知識を習得することで着実に前へ進んでいる感覚が自信へ繋がりました。

 

 

 

ですが正直言うと、最初の1年は年収50万円ほどでした。

 

起業とは言えない恥ずかしい年収です。

実家に住んでいたからできたんですね。

 

自分としてはそれでも色の仕事をやりたかったので、講師としてもっと沢山の仕事をやっていこうと思い、色について更にいろいろな勉強をして知識を身に着けていきました。

 

そうやって頑張っていると、私のことを認めてくださる方々も出始めてきました。

私を認めてくださった方々が、大学や専門学校で色彩学の非常勤の講師をやらないか、と声をかけてくださったんです。

そうして、札幌市立大学やヒューマンアカデミーなど4つの学校で色彩について講師をさせていただくことになったんです。

 

更にその後、社会福祉協議会の網走の支部でイベントをするから講師で来てほしい、と呼んでいただきました。

そのセミナーが高い評価をいただいて、全国、全道の社会福祉協議会の支部からセミナーの依頼をいただくようになっていきました。

 

学校での講師のほか、講演活動も徐々に増えていきました。

その後も講師と講演の仕事を順調に頂いていたので、自分では順調だとは思っていました。

 

ですが、いくつかの学校で非常勤講師を務めるだけでは「フリーターに近いのではないか?」とも思い始めました。

 

 

 

3.方向転換

 

 

私は営業って全然しませんでした。

 

講師をしたり、講演をしたりしていると、参加してくださった方からまた次の仕事を紹介いただき、というように繋がっていたのです。

ありがたいことでしたが、「はたしてこれがこれから先も10年20年と続くんだろうか」と不安になってきました。

 

それで「方向性を変えないといけないな」と思い始めました。

 

当時、学校での講師は札幌が中心でしたが、講演活動はほとんどが札幌以外でのお仕事でした。

札幌以外では色彩の講師として名前も多少は通っていましたが、札幌では無名でした。

 

そこで、札幌でも講演活動を広げたい、そのためには札幌に本拠地を持たなければならないな、と考え事務所を構えることにしました。

 

事務所探しを始めました。

 

せっかく借りるのであれば、話題性があって、信用を得ることができる場所にしたいと思っていました。

 

それで札幌の産業振興センターの存在を知って「ここに入りたい」と思いました。

 

2015年のことでした。

 

札幌市産業振興センターは札幌市が運営する施設ですので、入居するには審査があります。

事業の内容や展開方法などをお話しする面接もありました。

無事に合格して2015年11月に入居することができました。

 

 

 

契約は3年ですが、3年経ったところで希望すればもう一度審査があり、合格すれば更に2年の契約更新をできれば最長5年は入居できます。

(おかげさまで先日、契約更新しました。)

 

この場所にした理由は、それまで私がやってきた仕事の幅をもっと広げるには信用が大切にだと思ったからです。

 

札幌市が運営する施設に事務所があれば、その信用を得ることができますから。

 

さらに自分自身が自信を持てるように、39歳のときに大学院にも進学しました。

 

私は色彩学の中でも「景観色彩」に興味があり、当時、藤女子大学の教授で歴史建築家の三宅理一先生から都市形成やまちづくりについて学びました。

 

その際に得た知識や人脈は今でもかけがえないものです。

 

 

 

4.さっぽろベンチャーグランプリ大賞受賞

 

 

大学院を出て、事務所も札幌市内に構えて、札幌での講演を増やしていったことで、私のことを知ってくださる方が増えていきました。

 

その甲斐ありまして、行政からの仕事もさせていただいたり、2017年には札幌市から授与される「さっぽろベンチャーグランプリ」の大賞をいただいたりしました。

 

北海道カラーデザイン研究室のホームページより

 

同じ時期に、私が作った商品でもある「札幌の景観色カードゲームさぽら」が札幌市認証の「札幌スタイル」の認定もいただいて、更に「北のブランド」の認証もいただきました。

 

 

 

これらの受賞や認証は、毎年自分で応募していました。

私、諦めない性格なんです(笑。

受賞するまで、認証するまで何度も応募したんです(笑。

 

 

そしてこれらの受賞と認証によりまして、いろいろ変わりました。

 

 

 

5.起業して辛かったことはありましたか?

 

 

これまでは私は欲がなかったので、なんでも楽しんでやってきました。

 

声をかけていただいたことは、できるかどうかわからなくても何でも「やります」ってお受けしました。

 

声をかけていただくことが嬉しくて。

 

そうするとずっと楽しく仕事をしてくることができたので、あまり辛く感じたことはなかったですね。

 

 

6.「資本」

 

 

私の仕事は私の「身体」が資本ですね。

仕入れが必要ないですし、大きなお金を投資する必要もありません。

 

「心身の健康」と「アイデア」が大切なのです。

そして「講師としての魅力」です。

 

講師なりたての頃は、まず原稿を書いて、その原稿を使って鏡に向かって授業をする練習を何度もしました。

普段の生活でも、常に授業で話すことをずっと考え続けていました。

 

カラーに関することに以外にも、世間で開催されている色々なセミナーを受講して講師の研究もしました。

沢山の講師の方々の話し方、例えば導入の時の話し方、その後どのように話の流れを作っていくかなど、いろいろな方の「話し方」を見てメモを取りながら受講して勉強をしました。

 

学校での講師経験はとても貴重でした。

学生は毎日色々な先生の授業を受けていますから、先生のことをよく見ているんですよね。「この先生の授業はサボる」とか「この先生の授業はサボれない」とか。

ですので、それに負けないように毎回必ず授業が終わった後に、自分の授業を振り返って悪かったところは反省して、良かったところも自覚をして、次にまた生かして、としてきました。

それを何年も繰り返しやり続けてきました。

その蓄積が今の皆さまからの評価につながっているのではないかと感じています。

 

 

そのようにしてだんだん自分でもうまく話せるようになってくると、楽しくなってくるんですよね。

それがとても気持ちよくて、また好循環になってきているのかもしれません。

 

色の分野については、やはり色の専門家として仕事を受けた以上「やっぱり違うよね」と感じていただきたいんですね。

 

ですので配色の技法についてはすごくトレーニングをしました。

 

例えば目に入ったポスターなどを見て、この色はカラーの番号で言えば何番かな、と落とし込んだり、なんの配色かな、と考えたりします。

いい配色のものを見たときは「こうだからいいんだ」と理論立てて考えて、悪い配色を見たときは「ここはこう直せばよい配色になるね」と考えたりします。

 

そういう訓練を自宅でも事務所でも外でも、ずっとやり続けてきました。

 

普通に置いてあるチラシを見ても「この配色は何かな?」とか、何をみても色について考えています(笑。

ちょっと変わってますよね(笑。

 

私は一人っ子だったので、一人で黙々と考えるのが好きなんです。

それを楽しんで延々とできるのが強みです。

 

 

 

7.起業して後悔したことはありますか?

 

 

基本的にはあんまりないですね。

 

自分にしかできない仕事をやろう、と思って今の仕事を始めたですから。

 

「私の代わりはいない」という仕事をしたくて始めたましたが、2年前、母が病気になってしまい、介護が必要になりました。

 

そうすると私の代わりにこの仕事をしてくれる人はいないので、仕事で家を空けるときには介護ができないのです。

 

そうすると「私がやっている仕事は本当にこれでいいのかな」と思ったときは少しだけありました。

でも辞めませんけどね(苦笑。

 

 

 

8.起業して良かったと思うことはありますか?

 

 

OL時代のように私にとっては苦痛だった毎日同じおじさん達にお茶出しをしなくてもよくなったことです(笑。

 

あとは自分でスケジュールを組んで仕事をすることができることです。

今の私は月火水木金土日、毎日行く仕事先が違います。

周りの方からはよく「毎日行く先が違って大丈夫?」と聞かれますが、私にするとそれが刺激になって楽しいのです(笑。

 

毎日同じところに通うとつまらなく感じてしまう・・・型にはまれないタイプなのでしょうね(笑。

 

ですので、起業して良かったと思う気持ちのほうが多いです。

 

このまま続けていって万が一うまくいかないことがあったとしてもそれはそれで自分の責任ですので、自分でリカバリすればよい話です。

 

そういう腹をくくって仕事をしています。

 

今はまだ女性の起業家に対してまだ見下す方々がいらっしゃいます。

 

講演先でそこの偉い方に「カラーだか何だかわかんないけどそんなことやってないで早く嫁に行けよ」といわれることもあります。

そういうことを言われるたびに悔しい思いをして、「必ず見返してやる!」って思ったりします。

そういったこともエネルギー源に変えています。

 

私気が強いので(笑。

 

 

 

9.起業を考えている方へのアドバイス

 

 

女性で起業を目指している方には、起業してからどこまでの収入を得たいのか、ということを先にしっかり決めてから起業をしたほうが良いと思います。

 

主婦の方で趣味から発展して起業するのもすごく良いことではありますが、ご主人の扶養の範囲内でやっていくのか、扶養から外れてバリバリやるところまで目指すのかで、やり方は全く変わってきます。

 

そこを先にしっかりと考えて始めないと、仕事は伸びていきませんから。

 

女性で特に主婦の方は、起業をする前に自分の目指すものをしっかりと考えて始めはほうが、途中で迷子にならないと思います。

主婦業がメインなのか、バリバリ働きたいのか。

どうしたって、1日24時間内でできる範囲は限られてきますから、バランス配分が重要です。

 

私、親しい友人には「見た目はフワフワしているのに中身はオッサンだよね」とよく言われます(笑。

 

気が強いんです(笑。

 

 

 

10.これから先

 

 

仕事の幅をもっと広げていきたいと思っています。

 

まずは、これまで通り講師の仕事をもっと増やしていきたいと思っています。

 

もちろん今やらせていただいている仕事を継続するのは当然ですが、今でも地方からも呼んでいただくことがあるので、今後もそれも続けていきたいと思っています。

 

最近は名寄市、網走市、北見市、函館市、留萌市、中標津町、和寒町などで講演をする機会を頂きました。

 

さらに「色彩療法士」の研修事業の回数も増やし、一緒に色を活用する仲間を増やしたいです。

 

色の可能性は無限大ですから。

 

他には、カラーコンサルティングの仕事も今より更に増やしていきたいと思っています。

商品開発のお手伝いや、デザインの仕事です。

 

私が作った折り紙などの教材は、小学校でワークショップをやらせていただくときに使用したり、高齢者施設では折り紙が人気があるので、その際に使用したりもしています。

 

 

 

 

これまでは紙類やインテリアデザインが多かったのですが、実は最近、食品のデザインも手掛けることになりました。

 

さっぽろ羊ヶ丘展望台限定のお菓子、「札幌ひつじ焼き」です。

 

 

ジンギスカンの羊肉ではなく、愛くるしいひつじの顔をしたおやきです。

なまらめんこいおやきです。

(北海道弁訳:とっても可愛い 今川焼、大判焼き、回転焼き)

 

 

 

この構想は2年前から、札幌市産業振興センターでお隣に入居していた株式会社アツマル水産の道又社長と意気投合して作ったお菓子です。

 

札幌観光協会の支援もあり、やっと2018年11月1日にOPENしました。

とってもありがたいです。

商品に作るにあたっては、知財もきっちりと考えて北海道発明協会さんに何度も足を運んで指導をしていただいたことも感謝です。

 

 

 

自分がデザイン&ネーミングしたものが商品になって、お客様に喜ばれるのはうれしいですね。

 

今はグッズ展開も準備中です。

 

おかげさまで忙しい毎日をすごしています。

 

楽しいことや、やってみたいことが、ポンポン浮かんでくるのです。

 

いまでは前のめりに攻めている私ですが、幼少期から学生時代、OL時代は控えめでボーーーーっと生きていました。

 

古い友人からは「生きなおしているみたい」と言われます。

 

人生何がきっかけになるかわかりませんが、今は1日1日を大切に、できる限りのことに挑戦していきたいです。

 

本日はありがとうございました!

 

 

おわり