4 川代 大助 氏 美容業【株式会社BIL’EP 代表取締役】

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川代 大助 氏


株式会社BIL’EP

代表取締役

美容師

略歴
2007年 5月 開業
2009年12月 法人化

事業内容
美容院3店舗経営(2018年1月時点)
プロダクト開発

 


始めは独立する気がなかったのに、突然独立することに。

何がそうさせたのか。そしてその後どのように会社を拡張してきたのか。

お話をお聞きします。


見出し

1.起業前
2.起業準備
3.起業時 ~2店舗目
4.2店舗を持って
5.店舗を統合
6.プレーヤーから経営者へ
7.新さっぽろ地区に2店舗目を
8.従業員を守る
9.札幌駅前に3店舗目
10.経営理念
11.新卒採用
12.ここから先


 

1.起業前

 

当別で生まれ育ちました。

高校は拓北高校(当時)でした。

 

自分自身、起業する直前までは生涯、組織の中で仕事をしているだろうと思っていました。

 

 

はじめに美容師を目指した動機は不純でした(笑)。

 

中学生の時は野球部で坊主頭でしたから、「美容師」という言葉さえ知りませんでした。

美容師とは無関係な世界でしたね。

 

中学校の卒業の時、女の子たちが、クラスの子たちにサイン帳みたいなものに、名前や将来の夢や一言なんかを書いてもらうのが流行っていて、ある男子が将来の夢のところに「美容師」と書いていて、女の子たちがそれを見て皆で「カッコいい!!」と言っていたんです。

 

その時、初めて「美容師」という言葉を知りました。

 

あ、美容師ってカッコいいと思われる仕事なんだ

 

と初めて知ったんです。

それがずっと頭の中に残っていました。

 

高校進学後は野球をやらずに、部活も入らず、放課後はアルバイトなどをしていました。

当時は「モテたい」という願望が強かったので、アルバイトの給料が出たら服を買ったりしていました。

そのうち、ファッション系の雑誌なども買うようになり、その雑誌にヘアメイクさんのことが特集で出ているのを見るようになって、そういう世界を意識するようになっていきました。

「ヘアメイクさんになれば芸能人に会えるんじゃないか。」ということを考えるようになっていきました。

ホント不純ですよね(笑)。

それで高校三年生のころから美容師を目指すようになっていきました。

 

高校三年生の進路を決めるギリギリのところまでは、保育士さんになりたかったんです。

子供が好きだったので。

親にもそう言っていました。

 

ところが高校三年生のとき、学校の先生と親と本人で進路を話し合う、3者懇談のときに、急に私が「美容師になりたい」と言ったら、隣で親もびっくりしていました(笑)。

 

雑誌のヘアメイクさんの記事を見て「美容師になりたい」と思ったので、高校卒業後は札幌ビューティーメイク専門学校へ入りました。

選んだ理由は、親元を離れたくて全寮制の学校ということと、校名にビューティーメイクとなっていたので、ヘアメイクさんになれると思っていたからです。

 

ところが、一般的な美容師さんとヘアメイクアーティストはどちらも美容師の資格が必要なことには変わりありませんが、仕事をするために覚える技術は違うんです。

当時はそういう基本的なことも知らずに、学校を選びました。

私が入った学校は一般的な美容師さんを目指す学校でした(笑)。

入学してからそういうことを知ったのですが、せっかく入ったのでとりあえず卒業までは頑張らなければ、と思い日々勉強しました。

全寮制ですから夜まで授業がありました。

 

なんとか無事に卒業し、個人店に就職しました。

オーナー含めて5人くらいのお店でした。

 

就職して1年ほど経ったところで、仕事がいやになり一度お店を辞めました。

1年仕事をして「自分には美容師は向いていないな」と思ったんです。

1ヵ月ほど全く美容とは関係のない仕事をしていました。

でもその間も、気づいたらヘアメイクの雑誌を見たりしている自分がいて

「あ、自分は美容師の仕事が好きなんだな」と気づきました。

 

そんな時、お店にいるときにかわいがってくれていた先輩が、何度か会いに来てくれて「戻ってこないか」と言ってくださったので、すぐに戻りました。

 

それから2年ほどしたときに、その先輩がそのお店をやめて別なお店に行くことになったので、それについて一緒に私もお店を移りました。

 

移った先のお店はチェーン店でしたので、他の店舗などに同じ年代の人たちがいて、みんなで張り合うというか、競い合って仕事をするのが楽しかったですね。

 

29歳になるまでの7年間ほど、そのお店で働きました。

 

僕が働いていたお店は札幌の大通にあったのですけど、1階が僕ら普通の美容師、2階がディレクターズルームと言ってそのお店の責任者が使うフロアだったんです。

責任者がいない時はそこを使っても良いことになっていました。

責任者が休みの日に、2階の待合室にあった日経新聞を見た時、原宿でお店をやっているオーナーが出ていたんです。

その

原宿のお店のオーナーが、僕の専門学校の時の同級生だったんです!

 

その同級生が専門学校卒業後にお店を転々としていて、その後有名店に行った話は聞いていたんです。

まさかその後独立して原宿のお店のオーナーになっているとは知らず、その記事を見た時は、強烈な衝撃を受けました。

 

「自分の年齢でオーナーになっていいんだ!」という衝撃です。

 

それまで持っていなかった「独立心」が、一気に湧き上がりました。

 

その記事を見たのが2007年2月で、すぐお店に退職の意向を伝え、3月上旬にお店を辞めました。

自分で店を持つためです。

 

 

2.起業準備

 

退職してから開店までは、大変でした。

テナントを探して、決めて、内装を工事してもらって、道具を準備して、といった感じです。

 

お店をやめて収入がないので、父の紹介で地元のスーパーでアルバイトをしました。

 

その時すでに妻と子がいたんですが、妻は不安で泣いたりしていました。

自分自身も、開業などせずに他のお店に勤めたほうがいいんじゃないか、と思ったり、お客様がこなかったらどうしよう、と考えたり不安になってきました。

 

2か月半の準備期間では開業資金の融資を受けるのが間に合わなかったんですが、その時期に父親が定年退職をしたので、退職金の一部を僕に貸してくれたんです。

 

自分には記憶にないんですが、父は「男は手に職を持っていたほうがいい」と僕に言ったことがあったらしいんです。

僕は自分の意志で美容師を志したんですが、父は自分が言ったことに責任を感じていたらしいんです。

 

一方でどこから来る自信かわからないんですが、「もしダメなら1年で辞めればいい。でもおまえなら絶対に大丈夫だ。」と言ってくれたんです。

 

その言葉で不安を消すことができて、開業にこぎ着けました。

 

親子であっても、借りたお金はきちんと返済し、今は完全に返済完了しました。

 

前のお店のアシスタントがついてきてくれました。

前職を辞めて約2か月半後の

2007年5月24日に、札幌の大通エリアにお店をオープンしました。

 

 

3.起業時 ~2店舗目

 

最初に開店してからは、開店前の心配が嘘のようにお客様が沢山きてくれました。

開業する前に働いていた時に、お客様に対して良い仕事をし続けて、しっかり信頼関係が出来ていたことが良かったのだと思います。

「髪」の関係だけではなく、人として繋がれていれたからだと思います。

 

皆さん応援して下さったんでしょうか。

初めの1ヵ月目から、広告をほとんど出さずに順調にスタートできました。

お客様には本当に感謝しています。

 

そしてそのうち、美容師仲間が何人か僕の店で働きたい、と言ってくれるようになってきたんです。

 

でも当時の僕の店は13坪しかなく狭かったので、開店1年が経った頃、2008年に1店舗目の近くにもう1店舗オープンしました。

 

その時はまだ開店して1年しかたっていない為、逆にまた融資を受けることができなかったんです。

 

また、父が貸してくれました。

父には2回も助けられました。

 

2店舗目も売上的にも順調にオープンしました。

 

2009年12月16日、法人化しました。

 

その後まもなく、完全に返済を終える前に、父は事故で亡くなってしまいました。

 

父は生前、よく仲間を自宅の倉庫に集めて皆で飲んでいたんです。

その仲間の方から、父が日頃から僕のことを皆に自慢していたという話を聞きました。

生前父に認められたことが全くなかったので、それを聞いたときには本当に驚いたんですが、心に強く響いて、「このままじゃだめだ。もっともっと頑張らなければ」と思いました。

 

開業して3年がたったころのことでした。

 

 

4.2店舗を持って

 

1店舗は2人で始めたのですが、2店舗になり従業員が4人になり自分含めて5人で営業していたため、ルールを決めなければならない等、やることが増えて大変になりました。

 

2店舗目も同じ大通地区ではあるんですが、場所は離れていたので同じ店舗で一緒にやるのと比べると、日常での意思疎通が取れないので苦労しました。

材料の在庫管理など、1店舗の目に見える範囲での管理と違い、微妙なロスがでたりするんです。

 

1店舗目の開店時は、個人事業主として自分自身が美容師として働いていましたから、完全なプレイヤー(美容師)でした。

だからなんとかなっていたのですが、そのまま2店舗目を出してしまって、店舗が増えて、人数も増えて、組織として動かなければならない状態になったのです。

僕は事前に調べて、勉強して進む人間ではなく、走り出してから修正していくやり方だったので、やらなければいけないことが一気に噴出した感じでした(苦笑)。

 

 

5.店舗を統合

 

2店舗になったころもまだ、1プレイヤー(美容師)として仕事をしていたので

経営者にはなりきれていませんでした。

 

そのうち、2店舗を1店舗にまとめて効率的に営業したいと思い始めました。

また、お客様も増えてきていたので、まとめた上で広い店舗にしたいと考えていたんです。

 

いくつか空き物件を見せていただいたりしていたんですが、なかなかしっくりくる物件がない日が続いていました。

 

2011年の11月にたまたま創成川の東側を歩いているときに、新築の分譲マンションの1階に空いている店舗スペースを見つけたのです。

ここはいいなあ、と思い電話して問い合わせたら、分譲の店舗スペースだったのです。

分譲と聞いて一度諦めました。

でもローンで購入するのと家賃で支払った場合と、よくよく比較して計算してみると「いける」と思ったので、再度連絡して購入することにしました。

 

 

2012年6月に2店舗を統合して1店舗にして現在の「BIL’EP」をオープンしました。

 

初めに開業してから5年経った時でした。

 

統合移転後も売上も順調に伸びて、スタッフも増えてゆきました。

 統合した店舗 BIL’EP




 

6.プレーヤーから経営者へ

 

統合して2年後の2014年6月から

自分自身がスタイリストをするのをやめて、店舗のマネジメントと会社の経営に徹することにしました。

 

会社・お店としてのルール作りや、効率的な運営、目指す方向をしっかり構築してゆく為です。

 

自分がお店に立たなくなったことで、逆にスタッフのみんなが「自分たちでお店を運営してゆく」という感じで本当に頑張ってくれました。

本当に強くなってくれて、自分がお店にいた時より、どんどん良くなってゆきました(笑)。

 

自分がお店いることで皆にも遠慮があったんでしょうね。

自分が店を出たことで、売上も上がったんですよ!

 

ホントにみんなが頑張ってくれました。

自分がプレーヤーだったころには、みんなの気持ちがわかりすぎて逆に言うべきことを言えなかったのですけど、プレーヤーをやめたことで、必要なことを皆にしっかり言えるようになったことも大きかったです。

 

外から引いてみるようになったことで、より客観的にお店の状況を把握できて、お店としてのサービスの統一や、営業システム作りをすることができました。

 

営業のシステムやルールを作る事で皆も働きやすくなり、更に新しいスタッフが増えてゆきました。

 

札幌市中心部にある川代社長が普段仕事をしている事務所

 

 

 

7.新さっぽろ地区に2店舗目を

 

そこから更にちょうど3年経った2015年6月に新さっぽろの駅近くにお店を持つ事になりました。

 

一番初めに就職した時の職場でかわいがってくれた先輩からの紹介でした。

新さっぽろで運営で苦戦しているお店のオーナー兼店長が、どこかの傘下に入れていただいて経営をしてほしい、とのお話だったんです。

 

そのオーナーは美容師は出来るんですが、自分はマネジメントは向かないのでだれかにマネジメントをやってほしい、ということだったんです。

 

ちょうど新さっぽろ地区でやりたい、と思っていた時だったのと、そのオーナーさんとお会いするととても良い方だったので、引き受けることにしました。

買収し、私の会社の店舗となりました。

 

2店統合をしたBIL’EPの時も、創成川イーストエリアが話題になり始めた頃に、そこに移転したいと思っていたら、偶然良い物件に出会えたんです。

 

新さっぽろエリアも、数年後に再開発があるというニュースを見ていたのと、メーカーさんから「新さっぽろエリアは美容業が面白くなってきている」とお聞きしていて、物件を探していた時にそのお話をいただいたんです。

 

そういうタイミングで自然に出店できる、という良い流れができていっていましたね(笑)。

 

新さっぽろのお店は買収後、まず内装を私の会社のイメージに変えて、2人をBIL’EPから異動して、当社の営業のシステムを導入してゆきました。

 

自分がハサミを置いて、会社としてのシステム作りをして、会社としての良い流れができた頃にこのお話があったことが、本当にタイミング的によかったです。

 

 

新さっぽろ駅すぐの店舗 Tiele

 

 

8.従業員を守る

 

僕がこの業界に就職したころは、この業界は社会保険の加入があまり進んでいない業界だったんです。

自分が従業員として働いているときも、何かあったときに守られていないな、と感じることが多かったんです。

自分が開業した時から、自分の会社では従業員に安心して働いてもらいたい、と常々考えていました。

プレーヤーをやめて、経営に徹するようになってから、スタッフ全員社会保険に加入しました。

社会保険の会社負担は費用としてはとても大きいのです。

一方、来ていただいたお客様により良いサービスや商品を提供することで、売上は伸びます。

お客様のために良い仕事をして伸びた売上で社会保険に加入し、従業員のために費用をかける、という方針で経営してきました。

 

そうすると、従業員のみんなも、何故売上を伸ばさなければいけないのかということが心から理解できて、またお客様に良い仕事を提供する、という好循環になりました。

 

「お客様を綺麗にして喜んでもらう」ことが最終的に自分にも返ってくる

 

ということですね。

 

 

 

9.札幌駅前に3店舗目

 

そのように経営をしていたら、たくさんの方が、当社のお店で働きたい、と言っていただけるようになり、更に人が増えていきました。

 

そして若い従業員たちがどんどん成長してきたので、若い従業員にチャンスを与えるために、今度は札幌駅前に出店することにしました。

札幌駅前で美容業が盛り上げってきている、と聞いたからです。

2016年10月です。

 

僕が店を抜けたときもそうだったのですが、上がいなくなると人は伸びることを知っていたので、若くて伸びているスタッフで新しい店舗を作るとその状況を生み出せることになります。

 

その循環を生むために出店しました。

 

3店舗目も順調なスタートをすることができました。

 

札幌駅前エリアの店舗 Due

 

 

10.経営理念

 

「美容業界をデザインする」

 

これが当社の経営理念です。

先ほどお話した良い循環を強めるために、作りました。

 

この会社はどこに向かうのか、何を目指しているのかを明確にして従業員に理解してもらい美容師の価値を上げていきたいです。

 

 

 

11.新卒採用

 

2017年4月、初めて3人の新卒採用をしました。

今の段階で2018年4月にも既に2人の新卒採用が決まっています。

 

 

12.ここから先

 

長く続く会社にしていきたいと思っています。

 

自分がいなくなっても組織として残っていく会社にしたいです。

 

自分に万が一のことがあった時、もしくは嫌になって、いろいろな事情で突然会社がなくなる、会社をやめてしまう、というのは無責任だと思うんです。

 

新卒の採用をすると、新卒者はまっさらな状態で入社してきます。

言ってしまえば、

僕らは新卒で入ってくる従業員たちの「社会での親」みたいなものだと思うんです。

 

新卒の従業員は僕たちの姿を見て、仕事や社会を覚えていくんです。

 

僕たちから見たその「社会での子供」のような存在が、今の僕たちの世代になった時に、なんらかの原因で突然会社がなくなり、仕事を失う、ということにしてはいけない、と思うんです。

 

僕は、従業員を守らなければいけないので、自分がいなくなっても組織として会社が継続するようにしていかなければいけない、と考えています。

 

開業した段階で、従業員を雇用した時から、従業員の人生を背負っている責任感は持ち続けていました。

更に経営に徹するようになって、より強くそう考えるようになりました。

仕事は自分だけの為にするのではなく、自分以外の個々の幸せを感じて、それぞれが喜んでいることを感じることが自分にとって幸せだと思えるのです。

そして更にそういった喜んでくれる仲間が増えることに喜びを感じるのです。

その仲間(従業員)に幸せになってほしいし、幸せにするのは自分の役目だと思っています。

 

その責任としても会社として長く続けていきたいと考えています。

 

それにはそもそも「この会社に残りたい、この会社で働いてゆきたい」という良い会社、良い環境にしてゆかなければならないな、と常々思っています。

 

その為に、5店舗まで直営の美容室を持つもりです。

 

5店舗以上はフランチャイズのような形にしてゆきたいです。

 

自分の会社から自分と同じように、自分の店舗を持つ経営者の立場の人を作り出し、同じ立場の仲間になりたいです。

そういう立場の5人ほどの仲間でいろいろなことをしてゆきたいです。

 

新しい業種の飲食業も出店したいです。

 

今、シャンプーの開発に携わっているんですが、そういう新しいことにもどんどん挑戦していきたいです。

コーヒーの開発など、美容に限らないプロダクト開発もしてゆきたいです。

 

自分は「美容師最強説」という考えを持っているんです(笑)。

 

「接客もできて、技術もある、お話もできる、美と流行に敏感で、販売もできる」

これらを全てできるのは美容師だけだと思っているんです。

 

僕は、ハサミは置きましたけどあくまでも「美容師」なんです。

 

 

「美容師」が会社を経営しているから、先ほど言った全てのスキルがあるので美容業に限らずに、そのスキルを活かせることであれば何にでもチャレンジしたいんです。

 

美容師の視点で物事を捉えた時に、「こういうやり方があるんじゃないか」とか。

 

全てのデザインにこだわるのもそういった感覚があるからです。

 

経営も「デザイン」だと思っています。

 

 

美容師のスキルを磨けば、ハサミをもたなくてもその能力はいろいろな場面で活かせるんだ、ということを自分の身をもって証明してゆきたいのです。

 

 

13.起業して良かったこと

 

起業して良かったと思うことは、自分の会社に一緒に働ける「仲間」が集まってくれたことです。

 

初めは2人から始めて、徐々に自分の考えに賛同してくれる「仲間」が増えてきたことです。

「仲間」とは、従業員もそうですし、ディーラーさんもそうですし、私の会社と仕事に関わってくれている方、みんなですね。

僕は、当社の従業員だけを幸せにするのではなくて、お客様はもちろん、関わった人たち皆さんの幸せを考えているので、そういう方々と知り合えたことが、自分にとって起業して良かった、と思えることです。

 

経営者になっていろんなことを学べました。

 

やらずに知らないままいるよりも、失敗したとしてもやって多くを学んだことが本当に良かったことと思えます。

 

僕は「やらずに後悔」より「やって後悔」を選ぶ、ですね。

 

何にでもチャレンジしていたい。

そうすると常に考えなきゃならないんです。

どうやったらうまくいくか、と。

 

そういうことも全て起業したから気づけてわかったことです。

 

起業する前の自分と起業した後の自分を比較すると、明らかに今のほうが大きく成長したと感じるんです。

 

従業員でいるときの責任感と比べると、従業員の人生を背負っている責任感のほうがすごく重くて、すごく辛いときももちろんありますし、「何のためにやっているんだろう」と思うことも時折あったんですけど、その従業員に「この会社にいて良かった」なんていわれると全てが報われるんですよね(笑)。

 

従業員に相談されたりすると、頼りにされていると感じてすごく嬉しいんですね。

それも経営者にならないとわからない感覚でした。

 

起業して本当に良かったと思っています。