2 中野 貴英 氏 経営コンサルタント【株式会社アステップ 代表取締役】

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中野 貴英 氏


株式会社アステップ
http://astep.biz/
代表取締役

中小企業診断士

略歴
2007年 アステップ経営 創業
2016年 株式会社アステップ 設立

事業内容
経営コンサルティングファーム
経営革新等支援機関
(北海道財務局長及び北海道経済産業局認定)


北海道で経営コンサルタントを起業して10年。

多くの会社を窮地から救い、また新規事業も創出してこられた中野さん。

クールな外見からは想像もつかないほどの熱い思いをもって、北海道の会社の為に日々全力を尽くされています。その情熱はどこからくるのか、この先どこへ向かうのか、お話をお聞きします。


見出し

1.起業前

【子供時代~大学生】
【都市銀行へ就職】
【転職】

2.起業時

【起業時、不安なし?】
【起業に向けての準備】

3.起業後

【長期戦を覚悟して】
【ハイテンション】
【売上ない中、長男の誕生 ~ 最大の転機】
【お客様の開拓】
【無理してニューヨークへ】
【人とのつながり】
【窮地の会社を救う】
【よろづ支援拠点】

4.起業について

【「考えるより行動」と「準備の大切さ」】
【起業を後悔したことは?】

5.現在

【更なる成長、変化】
【両立】

6.今後の事業展開 ~より社会に役立つには~


 

1.起業前

 

【子供時代~大学生】

 

父が会社を営んでいたのですが、子供のころからその姿を見ていて、経営の大変さは子供ながらに肌身をもって感じていました。

そしてその経験から、会社が大変な状況にならないようにするにはどうしたら良いのか、ということを漠然と考えるようになっていました。

 

札幌の高校を卒業して、大学は京都の大学へ行きました。

大学在学時はそういった子供のころからの思いもあって、いつかは会社を経営する人たちの助けをすることができればという思いとともに、いつかは自分で独立して会社の経営を手助けする会社を作りたい、と考えるようになっていました。

 

【都市銀行へ就職】

 

就職活動では、会社経営に近づける仕事として、金融業界の都市銀行を選んで就職しました。

どういう会社が良い会社になっていって、どういう会社がダメな会社になってしまうのかを知りたい、というのが就職先に銀行を選んだ一つの理由です。

当時はバブル崩壊後でしたので、融資の担当といってもお金を「貸す」というよりは「返してもらう」方の業務が中心で、いろいろ企業の厳しい局面を見ていました。

当時は金融再編の流れの中で、勤務先の銀行が合併となり、そのタイミングで調査部という企業の事業性を評価する部署へ異動となりました。

そこで企業診断をやらせていただくようになりました。

この仕事がすごく面白くて、そのうち診断した内容をもとに、相手の会社の為になにか役立つような情報を返してあげたい、と思い始めるようになりました。

それはまさにコンサルティングということになるのですが、担当していた業務は調査・報告までが業務の範囲であったため、銀行でそれをするわけにはいきません。

それなら、と考えて8年間務めた銀行を退職して、コンサルティング会社に転職することにしました。

 

【転職】

 

銀行での経験で、金融の知識と決算書類などから企業の経営診断をする知識を身に着けたので、次はコンサルティング会社でコンサルティングのノウハウを得ようと思って転職したのです。

しかし入社してみると、会社によって経営課題も異なり、その解決手法も一律ではありませんでした。

大事なことは、答えが決まっていない中で解決策を見出す分析力や、打開策を検討する発想力であり、これまでの会計書類や決算書などからお客様の会社の状況などを分析できることや、企業診断の経験が生かせることがわかりました。

その会社では、コンサルティングを生業とするための見積もりや請求など、事務的なことも身につきました。

しかし、その頃家族の健康面での問題などもあり、相談した結果、2年程務めたその会社を退職し、環境を変えたなかで起業することを考え、故郷の札幌へもどってきました。

 

2.起業時

 

【起業時、不安なし?】

 

実は、銀行からコンサル会社へ転職するときが、一番勇気を必要としました。

自分がやりたいことのために、給料も高く安定している銀行から他の会社へ転職する、ということを周囲のほとんどの人から反対されたのです。

その反対を振り切って転職するわけですから、かなりの覚悟が必要となったわけです。

その銀行は都市銀行だったのですが、一度辞めて他へ行ってしまったらもう戻ることはできないわけです。

後から「やっぱり辞めずにいたほうがよかった」とならないだろうか、と本当に悩みました。

 

でも実際に転職してみると、思っていた以上にいろいろな経験をすることができました。

自分って世の中の表面的なことしか知らなかったんだな、ということがわかったり、大変なんですけども「面白い」と思えました。

 

転職をする前には「転職する」ということがとても高い壁に見えて、「この壁はとても高いけど越えたら向こう側はどんなことになってしまうのだろう」「壁を登ったら落ちてしまうのではないだろうか」、と不安しかなかったわけです。

そして

いざ覚悟して壁の上に登ってみると、すぐそこには地面が開けており、落ちることもなかった(笑)。

 

こっち側から見たら壁は高く見えたけど、反対側から見たら大した壁じゃなかったんだ

 

ということに気づいたんですよね(笑)。

 

転職の時にその経験があったので、起業する時も「結局あっち側から見たら低い壁なんだろうな」、と思って起業することができました。

よっぽど覚悟を必要としたのは、むしろ起業の時より転職の時でしたね。

 

【起業に向けての準備】

 

就職した時点で、というより学生時代から「いつかは独立」ということを漠然と考えていました。

徐々にコンサルティングで独立しようと思い始めたときから、コンサルティングで独立した方々の本などを読み始め、それらの本の内容から「事業が安定するまでに2~3年かかる」、ということがわかりました。

それで

3年間収入がなくても家族を養えるように、貯蓄をしていました。

 

はじめから長期戦になるということを頭に入れて、その為の貯蓄や準備をしたのです。

 

2007年の3月にコンサルティング会社を退職し、7月に札幌へ帰ってきて10月に開業しました。

その間は蓄え等を切り崩しながら、起業の準備をして生活していました。

 

 

3.起業後

 

【長期戦を覚悟して】

 

2007年10月に自宅を拠点として開業しました。

 

はじめに「決算書の見方」というセミナーを企画して、2,000社にFAXで広告を送信しました。

すると10人ほどの方が来て下さいました。

その反面、クレームの電話も沢山いただきました。

「紙がもったいないからこんなFAX送ってくるな!」とか。今考えれば当然ですよね(苦笑)。

それでもそのセミナーを3か月の間に8、9回ほどやりました。

すると、毎回数人から十人ほどの方が来てくださいました。

私としては、その1回のセミナーを受けていただいた方の中から、1社ほどが個別のコンサルティングの顧問契約となって、毎月3社ほどが顧問契約を結んでいただいて、3か月で10社ほどの顧問契約をいただいて、、、、という計画だったのですが

その3か月のセミナーでの顧問契約はゼロでした(笑)。

 

参加いただいた方の中には私のことを「変わったことやる奴だな」ということで、興味と心配があったのでしょうか、「今度ちょっとうちの会社おいでよ」と会社へよんでくれる方もいました。

こちらは「契約いただけるかもしれない」と思って行くのですが、そこでいろいろ雑談とか世間話とか独立の経緯とか話して、最後は「そっか~。頑張ってね。」で終わってしまうんです。私は心の中で「(え?そういうことでしたか、、、、)」っていう(笑)。

 

最初はそんな形でスタートしました。

 

【ハイテンション】

 

3か月のセミナーで契約はゼロだったのですが

最終的には契約ゼロは1年間続きました。

まさに長期戦です。

初めの年の売上は数万円でした。

 

ある会社の取締役の方が「経営について学びたいから」、ということで家庭教師みたいなことを1回5,000円で4回やったのが2万円です。

セミナーが1回一人500円でした。それらの合計で数万円です。

しかしそんな中でも2年目からは、何かで私のことを知っていただいた方が講演の依頼をして下さったり、いろいろお話をする機会をいただくことは増えてゆきました。

「これは宣伝になる」と思ってひきうけていました。

講演料はそれぞれ違うのですが、少ない講演料でも喜んで受けていました。

どんなに少なくても「はい」としか言わなかったです。

 

そんな状況でも初めから長期戦だと予想していましたから、不安は全くなく、逆にテンション高かったですね。

これくらい難しいことなのだから、こんなアホみたいな挑戦を他には誰もやらないだろうな、だからこそチャンスはある、と思っていました。

そのために軍資金(貯金)も準備していましたし、ここで勝負してやっていたら何か次の展開が出てくるだろう、と信じ込んでやっていたので。

1か月くらい寝られなかった時がありました。

それは不安で眠れなかったのではなくて、「こういう仕掛けしたらもしかしたらこんな風にお客様が来るんじゃないか」とか、そんなことばっかり考えすぎて寝れない、みたいな感じでした。

何かが分泌されていたんじゃないでしょうか(笑)。

 

 

【売上ない中、長男の誕生 ~ 最大の転機】

 

1年目は先ほどお話したような状況ですし、契約がありませんから時間がいっぱいあるわけです。

せっかくだから昼間テレビ見ていてもしょうがないので、中小企業診断士の勉強をしました。

経営のアドバイスをするにあたり、銀行勤務のおかげで財務の分野については得意でしたが、そもそも経営の分野って何があるんだ、ということを知るために有り余る時間を勉強にあてました。

運よく開業して1年と少し後の2008年12月、中小企業診断士の試験に合格することができました。

子供の誕生日が2008年5月なのですが、独立して売り上げが何もない中で子供が産まれて、その夏に中小企業診断士を受けている、みたいな状況でした(笑)。

妻は不安で「この子大丈夫かな」と思っていたかもしれませんけど

なんとかその年12月に合格できたことで、ようやく妻と子供に誕生プレゼントを渡せた感じです(笑)。

 

余談ですが、子供が生まれた後も仕事が少なく、まだ時間は沢山ある状態だったので、おむつ替えをしてとか、結構子育てもしていました(笑)。

 

実は中小企業診断士の試験自体は、開業直前に一度受けてみていました。

その時は落ちてしまったのですが、開業2年目の2回目を受けた時に合格しました。

本当にそこからいろいろなものが動き始めた感じです。

ここで資格をとれたことで、やはり自分にはこの仕事は向いているんだな、と思えました。

 

そして翌年の2009年4月に、中小企業診断士として登録しました。

登録することで中小企業診断士という資格が自分についたことで、うさん臭さがなくなりました(笑)。

更に公的な制度の中で仕事をする機会もできはじめて、という流れができてきたのが開業2年目の途中からのことです。

中小企業診断士の協会の会員になると、中小企業庁や経済産業省の公的機関の事業として、企業に専門家として中小企業診断士を派遣して支援する、という仕事の依頼をいただき始めるなど、公的な機関からの依頼の仕事をいくつかやらせていただきました。

 

でも私はあくまでもメインの仕事は、自分でお客様を開拓してやっていくつもりだったのです。

 

そんな時にある会社の方から後継者の育成支援という仕事の依頼があり、定期的にその会社に行って後継者の方にいろいろ助言・指導する仕事もやらせていただきました。

 

【お客様の開拓】

 

学生の時から京都へ行って、就職も関西圏でしたので、関西からUターンしてきていきなり開業しましたから、人脈がありません。

お客様を開拓するためにも、開業してまず初めにホームページを作りました。

開業前に、インターネットの検索で「札幌 コンサルタント」と入力して検索して、同業の方々のホームページを見て勉強をしていました。

検索された会社を上から順番に見ていったのですが、個人でコンサルティングをやっている方々は費用をかけないようにするためだと思うのですけど、ホームページを自分で作っていらっしゃる感じでした。

自分の妻が少し知識があったので、開業時は妻にキレイなホームページを作ってもらいました。

一方で、もっとクオリティが高いホームページにしたら、それだけで印象が違ったりするんじゃないだろうかと思っていました。

そして中小企業診断士の登録をした時に、札幌商工会議所の交流会で知り合ったホームページを作る仕事をしている方に依頼して、50万円の費用をかけて作ってもらいました。

「手元資金50万円って生活費何か月分だろう、、、」と思いながらも(笑)。

でも50万円かけて立派なホームページを作ったら、8月に公開して

2ヵ月でホームページを通じて決まった仕事が50万円の売上になったんです。

 

その時に「そうか!ケチったら結局仕事は広がらないんだな」と思いました。

 

そこで1億円もかけたらやりすぎですけど、必要な投資をすることを学びました。

この時はホームページへの投資でしたけど、それを見て来ていただいた方に「どうして当社を選んでいただいたんですか」とお聞きすると、「ホームページを見て相談しやすそうだった」とか「ホームページを見て安心できそうだったから」とかいわれたんです。

それで、今でもホームページには費用をかけて制作しています。

今ではインターネットで「札幌 コンサルタント」と検索すると、一般検索結果の一番上に私(株式会社アステップ)のサイトが出てきます。

 

株式会社アステップのホームページ  http://astep.biz/

 

 

中小企業診断士登録、ホームページリニューアル、などいろいろなことが蓄積されて、3年くらい経ったところから、いろいろお仕事のご依頼をいただけるようになってきました。

そこでベースの売上が安定してきました。

そうするとそれまでは「なんでもいいからやらなきゃ!」と思って無我夢中で仕事をしていたのが、仕事と時間のバランスを考えながら、お客様に対してもゆとりをもった対応ができるようになってゆきました。

このころから家族の生活を守れるくらいの収入になってきたことが、私にとっては大きかったです。




 

【無理してニューヨークへ】

 

そしてこのころ2011年に、会社の社長をやっている高校生時代からの友人に、ニューヨークに行かないかと誘われたんです。

正直、仕事にゆとりは出たとはいえ、ようやく家族を生活させられる程度のゆとりですから、ニューヨークに旅行に行くなんていうまでの余裕はまだない訳ですが、せっかくの誘いを断るのも惜しいので、借金して一緒に行きました。

その道中、友人とこれからの会社のこと、人生のことなどいろいろ話をして、さらにニューヨークという私にとっては完全に非日常の世界に数日間身をおいたことで、いろいろな思考の変化があったんです。

まず、当時のこれくらいの事業の状況で安心している場合じゃないな、もっと上を目指さなきゃ、という新たなモチベーションが生まれたんですね。

借金して無理やり行った海外旅行でしたが、自分にとってとっては大きな変化をもたらしてくれたのです。

それ以来、毎年必ず気持ちを引き締めるために海外へ行くようにしています。

 

経営者の相談に対応する中野社長(左)

 

【人とのつながり】

 

今思えば、最初の3年間の時はただひたすら動き回っていた感じでした。

相談してきた方を支援するために、お金ももらっていないのに銀行に一緒に行って融資の相談をしたりだとか、お金をまだもらっていないお客様のためにベンチャーキャピタルにいって投資の相談をしたりだとか。

でもそういうことをやっていた時に知り合った人たちとは、今でもつながっています。

その方々は、「中野さんってあの時はホント大変そうだったよね~」って今でもいうんです。

私は「今でも大変ですよ(笑)。」って言いますけど。

やはり地域だからこそお客様とも長く付き合っていれるんだな、と思いますね。

そのことの良いことは自分が天狗にならずにすむ、ということですね。

仕事の調子がよくなってきたときに、またそういう方々とお会いすると「あの頃中野さん大変だったよね~」と言われ、「(あ、そうだ)あのころ大変でした」と謙虚になれるんです。

私にとってありがたい存在です。

 

 

【窮地の会社を救う】

 

2012年に中小企業診断士協会から依頼されて、専門家派遣として企業に出向いたときのお話です。

ある会社が今月末に資金がなくなったら倒産してしまうから、銀行出身の中野さんが支援できるかどうか行ってきてほしい、と最後の最後に振る先がない案件が私のところに来たんですね。

私がお受けしたのは月末まで1ヵ月もない時で、実際にその会社へ行ってみるともう本当に厳しい状態で、どこからもお金が出てこない状態ということがわかりました。

銀行は足りないところにお金は出せないので、私は逆転の発想で、他の会社を買収して技術を買い取ることで事業を拡張する、という戦略にしたのです。

実際に買ったらどうなるのか、という80ページほどの事業計画を作って銀行へもっていきました。

私がはじめてその会社へ行ってから、わずか2週間後です。

その銀行が「当行で出す」と言ってくださって、買収資金として3,000万円の融資をしてくれました。

この時ばかりは、私もその場で涙を抑えることができませんでした。

この融資によりその会社を救うことができたのです。

 

この事例を国の機関である中小機構という機関が、「こんなにすごい支援事例がある」と評価をしてくださって、東京と仙台で講演をすることにもなりました。

 

その時の実績が、経済産業省に強いインパクトを与えることになって、その後も中小企業に対する支援があるときに、アドバイザーとして声をかけていただけるようになりました。

 

 

【よろず支援拠点】

 

それから3年ほどは、経営コンサルタントとしての私に直接ご依頼いただいたお客様からの仕事と、中小企業診断士としての私が公的機関から依頼される中小企業への支援の仕事を並行してやらせていただいていました。

そんな中、2014年に中小機構が小規模事業者ワンストップ総合支援事業「よろず支援拠点」を立ち上げることになりました。

その際に、支援をするメンバーにはベテランの専門家の方が多い中、北海道のリーダーの役割(チーフコーディネーター)になるための申請をしてみないか、と何故か若い私に声をかけて下さいました。

私でいいのだろうか、と思いながらも申請したところ、正式にチーフコーディネーターとなりました。

公的な仕事と自分の仕事をこなしてゆく中で、更に自分の仕事をステップアップをするために、それまで自分の仕事は個人事業主として経営コンサルタント業をしていましたが、2016年に株式会社アステップとして法人を設立して活動を始めるに至りました。

 

公的支援はどんなに一所懸命やっても、手を抜いてやっても、いただける報酬は一定額です。

悪く考えれば、その金額の範囲での仕事をする、ということもできてしまうのですけど、私は金額の大小で仕事に差をつけたくないという思いを持っています。

その会社を何とかしたいという思いで、短い期間で寝ないで一所懸命やって、例えば先ほどのお話のように融資が決まるなどして、会社のお役にたてた時にはよく泣きましたね。「よかった。」と。

今までも支援先の会社を救うことができた時には、やりきった感でよく泣いています(笑)。

 

そういう仕事をしていたからか、いろいろな方面からお声がけいただけるようになったのかなと思います。

 

 

4.起業について

【「考えるより行動」と「準備の大切さ」】

 

先ほど言いました通り、起業の時は不安は考えないようにしていたと思います。

転職の時、「こちらからは高く見えていた壁は反対側から見たら低かった」っていうことが、自分にとってすごく強烈なインパクトとしてありました。

ということは、後々そっち側に行ってみないとどうなるのかはわからないから、それを今どんなに不安になっても考えても仕方がないから、とりあえず行け、という考え方になったからです。

行ってみたらたいしたことではないということがあり得るから、あまり考えるより動くほうが結果的には選択肢が増えてゆくんじゃないか、と思いますね。

一度動かなくなったら身動き取れなくなりそうだったので、足が沈む前に次の足を出す、という感じで動き続けていました(笑)。

やはり一番の不安はお金だと思います。

お金が底を尽きちゃうとどうしようもなくなるので、自分はそうならないように3年分は事前に準備しておいたのです。

結果として底を尽きる前になんとかなったというか、なんとかしたというか。

お金が底を尽きたら不安の中にドーンと落ちてしまったのだと思うんですけど、やはり十分な準備をしていたからそうならなかった、というのもありますね。

 

【起業を後悔したことは?】

 

私はこんな考え方でやってきているので、起業を後悔したことはないんですよ。

選択肢を比較した時、例えば銀行に残っていたら、と想像したときに、現に今残っていないわけなので、そっちがよかったかどうかなんてわからないわけです。

今が一所懸命やっていること自体がおもしろいというか、おもしろいと思っていれば比較する必要がないというか。

良かったかどうかということで考えると、今何とか生きているから良かったんじゃないか、っていう感じですね(笑)。

 

 

5.現在

 

【更なる成長、変化】

 

中小企業診断士の登録をした当時は、公的な業務はほとんどやらないようにしていました。

先ほども言いました通り、あくまでもメインの仕事は自分でお客様を開拓する、という考えでやっていましたから。

それでもご依頼をいただいたときは、一所懸命やりました。

そうしていたら思いもかけずに2014年に、公的機関であるよろず支援拠点のチーフコーディネーターに任命いただいて、自分の会社もやりながら二足の草鞋でやっているのですが、はじめは「どうやってこれを乗り越えていこう。」みたいな感じでした(笑)。

でも、今思えば、この行政の立場と自分の会社というハードな状況だからこそ、気づいたことがいっぱいありました。

よろず支援拠点がはじまった当初は、まだ「自分の為に」という意識も相当強かったと思います。

今はその考えが完全に逆転していて、本当に「世の為」というか「自分がどれだけ役に立つ人間になれるか」、ということを考えるようになりました。

「自分の為」と思って仕事をすることは、特にこういう責任あるポジションをやるとしたらよくないことだ、というところを普通に理解して気づけるようになったのは、二つの立場をもって苦労してきたからこそのことだと思います。

一人でやっていただけでは、そういう考え方に至らなかったと思うんです。

自分の会社と公的機関と時間的にも大変な中で、様々な調整なども経験しそんな環境の中だからこそ気づけたと思います。

このことに気づけたことも、自分にとっては心境における一つの転機ですね。

 

私の場合、これまで転機っていうのは、必ず辛いときに訪れるんです。

だから、ホントに辛いときに辛いって感じないんですよ。

 

これを超えたら何か得られるんだろうな、と思うからです。

小説などの中の主人公の見どころって、逆境に立たされている時こそ面白いじゃないですか。

見ている人が満足するのはその逆境の後、結果としてうまくいったときなんですよ(笑)。

逆境でもその時は結構しんどいんですけど、後から「あのときそういえばキツかったな」って絶対笑って言えているんだろうなと思ったら、まあなんとかなりますね。

辛い状況を乗り越えるということを何回も経験していると、そういうものなんだな、って思えますね。どんな状況でもなんとかなるなとしか思えないです。

ダメだったら、ダメだって言っちゃえばいい(笑)。

 

自分で何かを始めるっていうこと自体が、そういう覚悟をするっていうことなんだと思います。

不祥事とかなんでもそうですけど、何か悪いことがあった時に言い訳をしたり、事実をもみ消そうとしたりする人がいます。

そういうことをやるっていうのは、最初からそういうことが起こりうるってわかっていて、覚悟を決めずにやっていたんじゃないか、っておもえてしまう。

 

そういう意味では、自分は覚悟をきめてやってきたから何とかなってきたのかな、と思います。

 

全ては自分の責任です。

 

これは多分言葉にすると格好良く聞こえてしまうかもしれないんですけど、私はもともとこういうことを言う人間だったかというと、決してそうではないと思うんです。

たぶん苦しい中を逃げずに乗り越えてきたら、気づいたらそういう思想に研ぎ澄まされてきたのかなと思います。

自分は、もともとこういうことを言う人間ではなかったですから。

 

何事も経験なんでしょうね、きっと。

 

【両立】

 

4年前、自分の会社もやりながら、公的支援機関のチーフも始めた時は、両立しなければいけないって思っていたんです。

その頃は周囲にも「どっちも真剣にやるから」って説明していたのですが、それは間違いだったということに気づきました。

コンサルティングをしている自分の会社も、公的機関で中小企業の支援をしているこの事業も、ひとくくりなんです。

企業がいて自分がいて、その間に私の会社のアステップやよろず支援拠点があって、相談に来ていただいた方は相談したいだけでしかないんですね。

よろず支援拠点は無料でこういうことができます、アステップにはいろいろなメニューがありますけど有料です。

お客様が「無料がいい」となればよろず支援拠点で受ける、入口が違っても目的はその企業を伸ばすことでしかないので、私がこっちに来てくれたらどこの利益になるとか考え出したら、成立しなくなってしまう。

当たり前のことかもしれませんが、だから私は自分の会社へお客様を誘導する、ということは絶対にしません。

純粋に、その企業を良くするということだけを考えて行けばいいのかな、と思います。

その結果、お客様がどちらを選ぶかはお客様次第です。

一日24時間しかない中でしか動けないので。

どんなに忙しくなっても一日は24時間しかないので、その中で最大限やった中で、できないことはできないんですよ。

どうやったって一日は36時間にはならないので、フル稼働の状態になるとそれ以上には稼働できないので、もしその状態でそこに何か新しいものが入ってくると、自然の原理で調整が働くんだなと最近感じています。

自分が必要とされる形で世の中の役に立つのであれば、会社の利益を決して度外視しているわけではなくて、それはそれで必要ではありますが、あくまでもお客様に選んでいただいて、市場の原理に任せておくと、自分が正しいことをしていれば、きちんと成立してゆくんだろうなと、最近そういうことを感じます。

忙しいのは確かに忙しいのですけど、どちらか一本にしたとしても時間が空いたらそこに何かを自分で入れるだろうし、入ってくるだろうし。

嫁さんには「今月乗り切ったら楽になるから、って毎月言ってるよね」って言われます(笑)。

 

 

 

6.今後の事業展開 ~より社会に役立つには~

 

自分一人の時間って限りがあって、それ以上伸びないんですね。

一日は25時間にはなりえないので。

やっぱり一人でやる事って限度があるな、と思うんです。

よろず支援拠点では、一人では年間250件の相談しか受けることができませんが、20人近くでやると、年間5,000件近く相談をお受けすることができるんです。

 

自分の会社のほうでも、自分と同じような動きをできる人が増えてゆくと、自分の時間だけじゃない時間をもっと膨ませることができると思うんです。

自分の会社も自分がたまたま経営者の役割をやっているだけで、会社自体が世の中に何ができるかっていうことだけを考えてやってゆきたいんですよね。

よりよい結果を出せるのであれば、複数のコンサルタントで動くことによって、より多くの会社を支援することができます。

今のよろず支援拠点での経験を活かして、自分はコンサルティングのきっかけをつくる仕組み作りもしていきたいと思っています。

 

今現在、自分の会社のほうでは、自分が動けない分、自分の代わりにコンサルティングをしてくれる優秀な方と契約をして、その仕組みを作り始めています。

もしいつの日か、自分がよろず支援拠点に一区切りついて会社に戻ることになったら、自分にできた時間でより多くの方のサポートをしたいと思っています。

私はお客様の開拓だけじゃなく、来ていただいたお客様の問題を見出して、最適な解決のためのコンサルタントのコーディネートしながら、そのコンサルタントとともにお客様の支援にあたる、という体制にしていきたいと思っています。

 

それは、コンサルタントを雇用して実現するのか、有志の方と提携して実現するのか、雇用した場合はどのように育成するのか、今はまだ検討をすすめながら試行錯誤の段階です。

私一人がコンサルティングをするには限りがありますが、いつの日かその解を見つけ出して、同じ思いを持つ複数のコンサルタントで、

北海道の為により多くの会社へ優良なコンサルティングを提供してゆきたいと思っています。