20浜垣 靖幸 氏 第2章 デザインマネジメント 【株式会社ノイエカ 代表取締役】

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浜垣 靖幸 氏


株式会社ノイエカ
https://www.neueka.com/

代表取締役

略歴

2000年 Gutegrafika設立
2005年 株式会社ノイエカ設立

事業内容

・デザインマネジメント
・プロダクトデザイン/パッケージデザイン
・広報媒体デザイン
・ウェブサイト・ウェブシステム


7.新たなビジネスのモデルで

その3年間は勉強しながらも、もちろん仕事もしました。

例えば

研究に使用するためのある専門的な機械を作って、特許まで取得した大学の先生がいました。

その方が人づてで私に仕事を依頼してきたんです。

その方から

「機械の見栄えが悪いからデザインをなんとかしてくれ」

と依頼を受けました。

初めは「自分のやりたい仕事ではないな」と思いながらもその仕事をしました。

ところが、機械のデザインを作ったあとは、更にその機械のプロモーションまでを請け負う、というように一つのデザインの仕事からどんどん仕事が派生していったんです。

大学の先生などが考案する、研究に使うために発明した製品などを売る場合、一般の人への広告展開では効果がありません。

広告代理店に依頼しても、マスに対する広告しか打てません。

コアなターゲットに対してのPRを仕事として請け負うところがないんです。

この時の仕事を機に、僕はそこに目を付けました。

大学のベンチャーの方々へのビジネスの展開です。

例えば、ある機械を開発するときには、資金が必要となります。

その資金の借り入れのために銀行に対しての説明資料の作成や、説明する手順などにデザインを活用して、そのサポートをします。

そのように、まず大学発のベンチャーの設立をサポートする。

初めのうちはとても大変で時間を要する仕事です。

でもベンチャー設立後にそのベンチャーが開発した機械が売れ始めると、更に100もの仕事が発生するんです。

その製品のパンフレットが必要になります。

パッケージが必要になります。

という具合に、どんどん僕の仕事が増えていくんです。

最初、たまたま人づてでいただいた仕事で「自分がやりたい仕事ではないな」と思いながらもやらせていただいた仕事が、思わぬ良いビジネスモデルに発展していったんです。

それで僕自身、仕事に自信をつけることができました。

いただいた仕事に対して、自分で新しいビジネスモデルを見出すことが自信になったんです。

いただいた仕事に対して単にその仕事だけを請け負うのではなく、その仕事から膨らませていろいろな提案をして新しい仕事を生み出していく、という方法です。

その仕事のやり方自体を自分のビジネスモデルにしよう、と考えたんです。

8.自らに課したビジネスのルール

3年間、インキュベーション施設で経営の勉強をしながら、そのような仕事の仕方を形作っていきました。

いくつかの大学発のベンチャーをサポートしていきました。

2005年4月、インキュベーション施設を卒業するときに、自分の会社を合同会社から株式会社に変え、社名もノイエカに変えました。

合同会社グートグラフィカは自分だけの資本の会社だったんですが、株式会社ノイエカは4人で出資して株式会社を作ったんです。

その時は、いずれは株式公開かバイアウトをするために会社をどんどん拡張していこう、という考え方をしていました。

その一歩として会社を設立しなおしました。

インキュベーション施設で知り合った4人です。

僕が代表となり、新たなスタートを切りました。

ノイエカを設立した時、経営に対してのスタンスを自分の中で確立しました。

3つのルールを自分の中で作ったんです。

まず、「5年リセットルール」です。

これはそれまでの自分の人生自体で実行していたルールだったんですが、明確に経営のためのルールにしました。

5年ごとにビジネスモデルと経営をチェックして、仕事が単なるルーティンになってしまっていたら例え売上や利益が出ていても、必ずその仕事をやめて新しいものを始める、というものです。

次は、「お客様と飲みに行かない」です。

一般的には飲みに行って仕事が決まる、というケースも世の中には多くあります。

お酒を飲んで仲良くなって、なあなあで人脈ができていく、仕事が決まっていく、というケースです。

それはそれで大事なやり方だとは思うんですが、僕はその方法に頼らない経営スタイルを確立できないか、という挑戦をすることにしたんです。

お客様とのプライベートなお付き合いは一切しない、お客様と一緒に飲みに行かない、というルールです。

最後は、「知り合いや友達からの仕事はやらない」です。

デザインの業界ってほぼこの方法で仕事が成り立っているんです。

人的なつながりで仕事が成立してしまっているんです。

僕は、人的なつながりを利用しなくても、魅力的なビジネスモデルがあれば、それに賛同して仕事が集まってくる、と考えているんです。

その方法だけで仕事を請け負っていく、と決めたんです。

この考え方は今でも守ってやっています。

いまだにこれでやっていけているんですけど、飲みに行ったり友達からの仕事をしたりしていれば会社はもっとうまくいっていたかもしれない、とは思います(笑。

検証のしようはありませんが。

でもそれをしなくても約20年間会社をやってこれているので、これで良いのかと思っています。

9.東京へ出て得たこと

2005年に株式会社にしてからは仕事は順調に推移していきました。

こんなことをやりたい、あんなことをやりたい、と考えていたことを効率よくそれらを求めているところに繋げることができていましたから。

これがやりたい、となれば、そのことに賛同してくれるお客様が来てくれて、仕事が大きくなって、というサイクルがうまく回っていたんです。

売上も従業員も増えて、とても順調でした。

2010年まではそのように順調に進みました。

その頃はどうやって株式公開まで持っていけるか、を具体的に考えていました。

2011年になり、1年間だけ東京に事務所も出しました。

でもそのことで、いろいろな人と知り合い、情報交換をしていく中で自分の考え方が変わっていくことになりました。

東京に出たのは、「5年リセットルール」の一つです。

札幌では形ができて5年経ったから、次の5年は東京でビジネスを展開しよう、ということでした。

でも実際に東京に出て、東京でいろいろな人とお話をする中で「これは見直すべきじゃないか」という考えが出てきたんです。

当時の僕はグローバルな思考で物事を考えていました。

たまたま北海道の札幌でビジネスをしてはいましたが、地域性などは全く考えていなくて、常にグローバルに物事を考えていたつもりだったんです。

だから札幌だけではなく、東京でもどこでも仕事はできる、と考えていたんです。

でも東京に出て、そこから北海道や札幌を見てみると、僕自身が北海道の地域性に依存してしまっていたことに気付いたんです。

自分がやろうとしていたことは札幌のマーケットに合ったモデルであった、ということに東京から札幌を見たときに気付いたんです。

もし札幌での同じモデルで東京でも仕事をしようとしたら、必要な資金の桁が2桁くらい違うんです。

従業員ももっと必要になる。

東京と札幌では、ビジネスのサイズが全然違うんです。

札幌のようなマーケットだと、僕らのような小さな会社でも立ち回ることができるけど東京ではそうはいかないことが分かったんです。

例えば東京では「ニッチ」と言ってもその「ニッチ」が大きいんです(笑。

そういうことが見えたとき、「これは単純に札幌でできたから東京でできる、という訳ではないぞ」ということに気付きました。

もう一つは、北海道と札幌の「魅力」に気付きました。

僕は先ほど、自分はグローバル思考だったと言いましたけど、そんなことではなくて

「デザインという力を使って北海道ではまだまだやることがいっぱいあるじゃないか」

と思ったんです。

なのでそれをやっていこう、と考えました。

それが2012年のことです。

1年で東京の事務所を撤退して、札幌で新しくやることを確立していこう、いう考え方に変えました。

インタビューをしたコワーキングスペースの会議室

10.方向転換

それまでは会社の規模や売上の大きさを増やすことばかり考えていました。

でもそこからは「規模や売上の大きさは関係ないぞ」と変わりました。

東京に出たことでそういう考え方に変わったことが非常に大きな転機となりました。

2012年に東京の事務所を撤退して、またビジネスのリセットをかけました。

札幌の事務所に常駐するようになって、会社の従業員たちの仕事を見てみると、自分が全然知らない仕事をしていることに気付きました。

しかもそれで会社は回っている、という事実に急に恐怖感を持ちました。

「ということはこれは俺がいなくても仕事は回るんだ」

ということです。

そこで僕が関係しなくても成立している仕事と従業員を別な会社になってもらいました。

僕は一人でまた仕事を始めることにしました。

それが2013年3月ごろののことです。

そこからは、大きな仕事を動かして利ザヤを稼ぐようなしごとはせずに、地道に自分の目が届く範囲でしっかりと仕事をする、というスタンスに変えました。

案件やお客様もいたずらに増やさずに、少ないお客様と深くお付き合いさせていただく、という形に変えました。

そうして会社を大きくせずに、しっかりとお客様をサポートしていく、という仕事の仕方でこれまでは順調に推移してきています。

次のリセットは2020年を予定しています。

今は次のリセットに向けて、これまでの継続している仕事をやりながら、次のことを考え始めています。

あと2年の中で、次の5年間をどの方向性にビジネスを持っていこうか、とまさに今日々考えているところです。

11.起業して後悔したことはありますか

矛盾する話をします(笑。

「起業するときに準備しなかったこと」の話をします。

起業する前にお客様の目星をつけて起業をしていればスタートはスムーズだったはずです。

と同時にお客様を持たずに起業したことは、僕にとっては後から考えると良いことでもあった、と思っています。

どの起業のケースでもそうですが、全てはケースバイケースなので一概には言えません。

僕の場合にはお客様を持たずに起業したことが結果として良かったと思えるときもあるだけであって、それが良いかどうかは人によるとは思います(笑。

一方で、「なんかもっと準備するべきだったな!」とも思うんです(笑。

まだ、準備しないで起業したことが良かったのか悪かったのかが自分の中では結論が出ていません(笑。

もう一つの話は、起業の時に自分のやりたいこととか“理想論”を掲げて始めたので、例えば誰かから「この仕事をやって稼ぎなよ」と言われても「いや、僕はそういうのいらないんで」と断ったりしていたことです。

義理を欠くようなことを暫くしていた時期がありました。

それは少し後悔しています。

売上が惜しくて後悔しているのではなく、そういう声をかけてくれた方々の親切心を無にして、義理を欠いてしまっていたことを後悔しているんです。

もちろんその時の方々とは有り難いことにまだお付き合いはあるんです。

でもせっかくの申し出を「いや今その仕事はいらないです」なんて言う、、、

礼を欠いていた、義理を欠いていた、と後悔しています。

起業したこと自体については、起業しなかったことを考えたことがなく、当たり前のように起業したので、悔やむとか後悔する、ということは全くないです。

逆に“起業しなかった場合”の自分が全く想像がつかないので後悔のしようがない、です。

12.起業して不安や大変だったときはどのように克服しましたか

起業したばかりの時、仕事をしても入金になるのが半年後の時でも、何故か不安を全く感じていなかったんです。

その間は貯金を切り崩して生活していたんですが、不安は全くありませんでした。

今から考えるとなぜ不安が無かったのか全く分からないんですが、何故か当時は不安はありませんでした。

当時は根拠ない自信があったんです(笑。

当時家族もいたんですが、更にいざとなればアルバイトでもなんでもして家族を養えばいい、と思っていました。

13.これからの会社

以前は規模の拡大、株式の公開、バイアウト、など会社の形をどうするか、というのを目標の一つに考えていました。

今は「自分が本当にやりたいビジネスややりたことをやった時に最適な会社の形になっていれば良い」と考えています。

会社の規模や形自体をどうしたい、というのは今は持っていないです。

やりたいビジネスに合わせて会社のフォーマットを変えていけばいい、という考えになりました。

ですので今後も、自分がその時にやりたいことをやってビジネスを続けていこう、と考えています。

それには人も資本も今以上必要無いようでしたらそうしますし、自分がやりたいと思ったビジネスに人も資本も必要なのであればそれを準備するし、ということです。

「自分がやりたいことありき」です。

そこが到達した境地です。

起業したんだからそうしなきゃ、という感じです(笑。

14.起業を考えている人へのアドバイス

起業家になるには、起業するしかないです。

これしかないです(笑。

起業してしまえば起業家です。

「心配だな」と思っているうちは起業できません。

起業しないほうがいいです。

起業したいのなら明日から起業すればいいんです(笑。

ただそれだけだと思います。

おわり