3 新田 和代 氏 経営コンサルタント【株式会社ケンズプロ 代表取締役】

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新田和代氏


株式会社ケンズプロ
http://kens-pro.com/
代表取締役

社会保険労務士・行政書士 新田和代事務所
http://kens-pro.com/srgs/
代表

略歴
2007年 社会保険労務士・行政書士 新田和代事務所 開業
2016年 株式会社ケンズプロ 設立

事業内容
人材確保に関するコンサルティング・講演講師(採用・育成・定着)
「働き方改革」関連の人材コンサルティング・講演講師(長時間労働・ハラスメント・人材不足対策等)
企業ブランディングに関するコンサルティング・商品及びサービスの企画開発等
地域ブランディングに関するコンサルティング・イベントの企画開発等
企業の北海道進出支援(経営・人材)
起業支援・創業支援


4年ほどの社会人経験の後、社会保険労務士の資格を得てすぐに開業して10年。

今の世の流れに先駆けて、「働きやすい社会」を目指して活動をしてこられた新田さん。

2016年には更なる活動の幅を広げるために、株式会社ケンズプロも設立して全道各地を飛び回っています。小柄な体のどこにそのエネルギーがあるのか。お話をお聞きします。


1.起業前
【大学生~社会人】
【「安定志向」から「社会を変えたい思い」への変化】
【退路を断って勝負へ】

2.起業時
【社会保険労務士試験に合格してから】

3.起業後
【開業~ホームページの効果】
【雑誌社や全国紙から記事の依頼が】
【営業活動をしない】
【仕事の方針】

4.行動すること
【女性起業支援グループの立ち上げ】
【活動の終了】
【活動から得たもの】
【活動の影響】

5.起業について
【常に一所懸命】
【起業の良さ】
【「起業」と「時間」】
【起業の大変なところ】

6.今後の目標

7.株式会社ケンズプロについて

8.仕事は愛でできている


1.起業前

 

【大学生~社会人】

 

大学生の時から卒業して少しの間までの計1年半ほどの間、契約社員として一般事務をしていました。正社員補助として入力やお茶出しなどをしていました。

その後資格予備校で正社員として働きました。

 

そこではパンフレットの作成、ガイダンス企画、集客、学生のサポート、講師手配、カリキュラムを組む、など講座運営に関わる一連の業務を担当していました。

 

【「安定志向」から「社会を変えたい思い」への変化】

 

大学生の途中までは、単純に安定したいという理由から公務員になりたいと思っていました。

公務員になるために公務員試験の勉強をしていたのですが、あるとき力試しに公務員試験の科目と重複する科目が多い行政書士の試験を記念受験のつもりで受けてみました。

実は、その試験に合格して、行政書士会が開催した合格者向けの説明会に参加するまでは、行政書士が何をする職業か詳しくは知りませんでした。

その説明会に参加してお話を聞いた時、士業の仕事に興味がわき、少しずつ独立志向を持つようになっていきました。

ただ、一つの資格を持っているだけでまだ社会経験もなかったので、まずは社会経験を積んでその中でもう一つ何かの資格をとっておいて、もし起業するような時がきたらダブル資格で起業しようと考えました。

何故社会保険労務士を選んだかというと、「これから先人事系の仕事が世の中にとって必要になってくるのではいか」という予感があったからです。

ちょうど私が大学生の時から就職をするまでの時期というのが、雇用機会均等法の遵守が世の中で謳われ始め、社会の流れが変わり始めた時期だったからです。

さらにそのような流れの中でも、就職活動の採用面接で「大卒女子は採用しないよ」「結婚したら辞めるんでしょう」などの女性蔑視発言を受ける友人たちがたくさんいて、依然として女性に不利なままの世の中を、変える一助になりたいという意欲が強まっていきました。

 

注釈:男女雇用機会均等法:1985年制定、1986年4月施行。1997年全面改訂、2007年再改定。

(1997年の全面改定後2007年の再改定までの10年間は、特に世の中で男女の雇用機会に関する意識が目に見える形で大きく変わりつつある時期だった。筆者はこの時期、コールセンターとBPOの事業を展開する会社を立ち上げている時期で、特に女性が多く働く職種でもあったため、募集時、面接時、採用時、入社後において男女の差別をしてはいけないということに社会全体が特に注意を払いはじめた時期だった。)

 

また高齢化も急速に進んできていたので、企業が採用しなければならないのは今までのような「若い男性だけ」ということだけではなくなってくるのだとしたら、きっと男性も女性も高齢者も一緒に働くことができる労働環境の整備などで、企業にとって専門家の知識が必要になるのではないか、と感じ始めた時期だったのです。

私は2003年大学卒業だったので、失業率が史上最悪の年だったんです。

 

注釈:2002年から2012年までの11年間のうち2003年北海道の完全失業率は6.7%ともっとも高い数値を示している。北海道 情報統計局統計課 労働力調査結果(平成24年平均)より

 

当時のだれも就職できないような時代で、銀行ですら新卒の求人をしないような状況でしたので、「自分の身は自分で守らなければ」というのもあり、「もう一つの資格は絶対取っておこう」という思いがさらに強くなりました。

その時点では「絶対に起業しよう」ということではなく、「起業は何かあったときに自分で自分の身を守るための選択肢」の一つでした。

予備校の会社に就職して働き始めた時にはすでに、社会保険労務士試験は受験し始めていたのですが、もしその会社が良い会社だったら、起業しようとは思わなかったと思います。将来の為に資格だけを取っておこう、と思っていたからです。

でもそこで働いているうちに、「ここは一生いる会社じゃないな」「いや、絶対に社会保険労務士になりたい」と変わっていきました。その職場の労働環境が劣悪だったからです。

セクハラやパワハラは日常茶飯事、男性優位の処遇、理不尽な叱責、不当な評価、不衛生な職場・・・。

当然、離職者は後を絶たず、業績も下降していきました。

この頃から「どうして、会社や上司というのは社員に意欲と能力を最大限発揮してもらわなければ困るはずなのに、それらを阻害するような真逆のことばかりするのだろう」と疑問を持つようになり、「自分が社会保険労務士になって社会の労働環境を変える一助を担いたい」と考えるようになっていきました。

 

 

講演でお話する新田代表

 

【退路を断って勝負へ】

 

社会保険労務士の資格を取るために働きながら勉強をして受験していたのですが、1回では合格しませんでした。

そこで自らを追い込むように会社を辞める決心をしました。

退職日を試験がある8月末にしていただき、それまでの1ヵ月間有給休暇を利用してフルに勉強しました。

試験を受けたらすぐ退職、という状態です。

「これで受からなかったら諦めよう」との思いでした。

2006年8月末、やっと合格しました。

 

社会保険労務士の試験は、向き不向きがあると思うんです。

合格できなかったときには、私には向かないのかなと思い始めていて、最後のチャンスと思って受けた試験で合格して良かったです。

覚悟を決めたからでしょうか。

 

 

 

2.起業時

 

【社会保険労務士試験に合格してから】

 

合格した時点で起業しようと決めました。もう仕事を辞めていましたし。

 

2007年8月に行政書士、社会保険労務士両方を開業しました。

いきなり開業しても何から始めればよいのか、ということになってしまうので、合格してから開業するまでの間は、社労士や行政書士の先輩たちが何をされているのかをひたすら学ぶ時間でした。

その時期はブログが流行っていたので、先輩社労士の先生たちのブログを読んで専門特化型で仕事をしている方はどのように仕事をしているのか学びながら、自分が何をすれば良いのかを考えていきました。

あとはホームページを立ち上げる準備もしていました。

先輩社労士の事務所に勤めて経験や人脈を得てからの開業とちがい、資格を取得してすぐにたった一人での開業でしたから、全てを一から自分でやるためにしっかり準備をしました。

この期間は収入がなかったのですが幸い実家にいたこともあり、蓄えていた貯金を使いながら準備をすすめていきました。

 

 

 

3.起業後

 

【開業~ホームページの効果】

 

人脈がない状態での開業でしたので、まずはホームページを自分で立ち上げました。

労務問題についてのワードを検索サイトで入力すると、私のホームページがヒットするように考えて作りました。

 

私は労務問題についての専門特化型で仕事をすることにしていたので、まずは自分で立ち上げたホームページ上で労働者からの相談を無料で受ける、というサービスの告知を始めました。

 

私の開業当時は男女雇用機会均等法の改正(2007年改正)の影響もあり、世の中でセクハラというものが悪いこととして注目をされてきた時期でした。

でも女性はセクハラのことは女性に相談したいという方が多いのに、「女性社労士」が当時はまだ少なかったのです。

意外とホームページを開設しただけで相談がどんどん来るようになりました。

(現在は自分で「女性社労士」とは名乗らないようにしているんですけどね。(理由は後ほど))

 

ホームページは当時の社労士のホームページとしては、珍しくデザイン重視のものにして、内容も充実させました

 

相談者の方々のお話を聞く中で、世の中でどのような労働問題が起きているのか、労働者は何に悩み、何を望んでいるのかということを学んでいきました。

その相談にお答えしているうちに経験も積んできたところで、相談を有料に変えていきました。

 

ホームページでの個別の相談は1年ほどやりました。

 

【雑誌社や全国紙から記事の依頼が】

 

そのころからホームページを経由して、雑誌社から寄稿の依頼や全国紙から記事の依頼をいただくようになってきました。

当時の社労士のホームページでの説明は、だいたい厚生労働省などが出しているのと同じような説明文で書かれていたんです。

それに対して私は自分の言葉で書いていたことが良かったようです。

よくこれほど自分の言葉で書けるねと感心されたことがあります。

それができたのは、会社勤めをしていたときに私自身が労働者の立場でセクハラ、パワハラ、不当労働を経験し辛い思いをしたからだと思います。

その時感じたことや、経験したことをベースに書いたのが大きかったのだと思います。

ホームページには、情報を出し惜しみせずにたくさん掲載していきました。

自分自身がパワハラを受けた経験があったことで、パワハラを受けた人がどういう風に苦しいのか、自分事のようにわかるからこそ書けたんです。月曜日がどれだけ憂鬱かとか。

そういうところが寄稿の依頼につながっていたのだと思います。

記事などが私の名前と共に世間に出るようになったことで、私の名前が少しずつ広がっていくようになりました。

 

その後さらに、今度はホームページを通じて講演依頼をいただくようになっていきました。

 

行政書士仲間から誘われて異業種交流会にも参加してみました。

当時士業の業界では、開業した人は人脈を広げるため多くの異業種交流会に出て自分を売らなければならない、という開業マニュアルのようなものが定着していたのです。

私は人見知りのため、かなり気が重かったのですが。

そうするとその一度の参加から少しずつ人脈が広がり始めて、人脈構築をしようと躍起にならなくても自然と知り合いが増えていって、仕事のご紹介をいただけるようになっていきました。

 

【営業活動をしない】

 

実際のところ、最初の何年間かは収入が少なくて大変でしたが、運よく単価の大きい仕事をいただき、幸い実家にいたこともありなんとか食べてはいけました。

 

自分で営業活動はしたことがないです、人見知りなので。

 

積極的な営業はしないのですけど、決してただ仕事を待っている、ということはありませんでした。

小さな仕事でも受けた依頼を100%全力でやり遂げる、という毎日を過ごしていたら、暇なく月日がたっていたという感じでした。

もう、仕事がなくなるかな、という時に必ずまた何かが来る、また誰かと出会う、という偶然の出会いや仕事が重なって今日に至っています。運じゃないでしょうか(笑)。

ただ、「仕事は一つひとつ、お客様は一人ひとり」という信念でやってきましたので、運だけでなく、それが今につながっているのだと思います。

小さな仕事でも一所懸命やり続けていたら、結果的に仕事がなくなるという状態にならないんです。

小さな仕事でも一所懸命やっていれば「人から聞いたんですけど」「うわさで聞いたんですけど」と仕事の依頼が重なってくるんです。

 

【仕事の方針】

 

私はよく「労働者側の社労士なの?」と聞かれました。

私は労働者側の社労士をしているわけではなく、依頼主である会社様のために「社員を大事にしましょう」「従業員満足度を上げましょう」「セクハラを防ぎましょう」「パワハラを防ぎましょう」「労働条件は法令を守りましょう」という活動をしているのですが。

 

ある日「社員は家族だ」と公言していた社長の口から、「労働者側の社労士なの?」という言葉を聞かされたときは、ショックでした(弊社のお客様ではありません)。

本来、会社と労働者は同じ目標に向かいともに進んでいくパートナーであるべきで、対立する関係性にはないはずです。

社員を家族のように大切に思っているというのなら、会社側、労働者側、という考え方にはならないはずなのです。

あ、この方は口だけなんだ、と思いました。

従業員を大切にすることの意味が分かっていないのだとわかりました。

社員に対する不信感が潜在的にある社長だから、それが社員たちに伝わっていて、それで社員が頑張らなくなっているのだということに気づきました。

社員さんからは不満が聞こえていました。

そこでまた私の使命感はさらに強くなりました。

労働者を大切にするということは、決して労働者を甘やかそうということではなく、労働者がサボるのを推奨するのでもなく、ましてや労働者が得をして会社が損をするという話でももちろんなく、会社のため、社会のために大切なのだという事実を、社会に浸透させる使命を果たしたいと。

 




 

4.行動すること

 

【女性起業支援グループの立ち上げ】

 

開業して5年が経過した2012年に女性起業支援のグループを立ち上げました。

 

当時は女性の士業が少なかったんです。

起業したい女性が女性に相談したくても、相談する先が男性ばかりだったんです。

その時に「女性に相談できるよ」ということを大きく告知すれば、相談先がないがために起業を諦めかけている女性たちに、一歩を踏み出してもらえるのではないかと思いました。

ただ、相談を受ける側には女性だけではなく男性も含めてグループを作りました。

主宰している私が女性ということで相談しやすい条件は整っていましたし、しかし起業を目指す女性に「相手が女性じゃなきゃ相談したくない」という弱さを克服して欲しいという思いもあったからです。

支援の他外部の講師の方もお招きしてセミナーも10回以上開催しました。

 

【活動から得たもの】

 

3年ほどでの活動でしたが、私自身は多くの経験を得ることができました。

女性起業支援グループを立ち上げたことで行政との関わりができ、講演のご依頼も増えました。

人脈も広がり、仕事の幅や視野が豊かになりました。

 

【活動の影響】

 

私が開業してから10年やってきてわかったのは、男性たちは私自身が「女性です」とアピールしなければ、性別ではなく個人を見てくれる、個人として尊重してくれるということです。

「女性なのに」とか「女性のくせに」などというのは一回も言われたことがありません。

女性起業家の中には、仲間も顧客も女性に限定しサークルのように女性だけで集まる形式を取っている方が多いのですが、それが、男性から見れば「甘さ」や「弱さ」に見えるのかも知れません。

男性と差別されたくないと言いつつ、垣根を作って男性を排除しているのは女性の側なのかも知れないと感じます。

 

そういうことから、自分の目指す社会を考えた時に、女性起業家という言葉を自分が使っていることに違和感を覚えはじめたんです。

私自身が、女性社長ですとか女性起業家ですとかというのを全く前面に出さず、女性が会社を経営していることを当たり前にしていきたい、と今は思っています。

今はまだまだ女性は少数派だし、男性社会ですし、女性の起業支援をしてよく分かったのですが、皆が皆私ほど強くはないので、男性社会のなかで女性が生きていくには特別な支援は絶対に必要です。

でもいつかはその垣根を取り払いたい、というのが私の目指す社会です。

女性で起業する人が普通のこととして増えていく世の中になって欲しいと願っています。

 

私が女性起業支援のグループを立ち上げてから、北海道にも女性起業支援のグループが増えて来たので、女性の起業に対して注目が集まるきっかけの一つくらいにはなったかなとは思っています。

 

セミナーでお話をする新田代表

 

5.起業について

 

【常に一所懸命】

 

私は最近、北海道内の地方からのご依頼が多いのですが、地方へ行くと地域に人が少なくなってきている現実に直面します。

地域自体が外から人材を確保するには、その地域そのもののブランディングも必要です。

ですので、これからは地域のブランディングも自治体へ提案していきたいと思っています。

 

少し話がそれますが、起業をする方には、都会の仕事であっても地方での仕事であっても、絶対に手を抜かず一所懸命やることが重要であることをお伝えしたいです。

地方でのお仕事をその地域の為に積極的に一所懸命やらせていただくと、仕事が広がってゆく可能性は高くなると感じています。

 

【起業の良さ】

 

私にとって起業して良かったと思えるところは、自分の力を結果に100%反映させることができる、というところです。

(多くの方が思ったことがあると思うのですけど)私が会社員だったころに「なぜこの人の評価が自分より上なのだろう」と疑問に思うことがあったんです。

起業をするとその理不尽さが多少は軽減されます。

起業してもズルをする人はいっぱいいるし、理不尽なことはたくさんあるとは思うのですが、そういうことも含めてすべては自分の責任として納得することができます。

あとは、喜びも上司に邪魔されず一人で満喫できるところですね、勤めていた頃は水を差してくる上司がいたので(笑)。

 

【「起業」と「時間」】

 

たぶん女性が起業して良かったと思いたいのは、時間を自由に使えるということなのかなと思うんです。

現に女性起業支援をしていた時には多くの方がそう考えていました。

私自身は時間のことを言えばサラリーマン時代よりもたくさん働いています。

起業したら24時間が仕事なので(笑)。

飲み会に参加していても仕事のうちですし。

ただ、そのバランスを自分でコントロールできるというところの良さはあります。

 

仕事内容によるとは思うんですけど、私の仕事は自分で時間のコントロールをできています。

 

【起業の大変なところ】

 

悪い結果や辛いことも100%自分で受け止めなければならないので相当の強さが必要です。

 

上手くいかないときに言い訳をする人や逃げる人、他人のせいにする人には向いていないと思います。

性別を言い訳にする人もです。

どのくらい腹をくくって命を懸けられるかだと思います。

それが出来なければサラリーマンをやっていたほうが絶対に楽です。

 

逃げの起業はダメだと思います。

サラリーマンをしていることが辛くて、そこから逃げるための起業であればやめておいたほうが良いと思います。

そうではなくて自分がこの社会の中で達成したい目標があるとか、社会を変えたいと思えることがあってそのためには自分で事業を起こすしかないという人が起業するべきだと思います。

 

 

6.今後の目標

 

世の中から過労死やパワハラによる死者をなくすこと、働く人たちが「働くって楽しい」と思える社会にすることが目標です。

日本では働く=辛いというイメージが強いと思います。

現に過労死やパワハラ死が後を絶ちません。

世の中を豊かにするために私たちは仕事をしているのに、仕事が原因で人が亡くなるんて、あってはならないことだと思います。

 

私自身、一つひとつは、大変だなとかいやだなと思う仕事はいっぱいあります。

私のやっている過労死防止策とかパワハラ防止策とかは「楽しい」と思いながらする仕事ではないじゃないですか。

でも辛いから辞めたいと思うことは一度もないです。

 

働くことは辛いだけじゃない、社会の役に立ったり誰かの力になったりする仕事はかけがえのないものだ、それを誰もが実感できる社会にしたいと思っています

 

 

 

7.株式会社ケンズプロについて

 

私は資格を取って資格で起業していますが、資格は自分の専門分野や力を裏付けるツールの一つと考えていて、やりたいことはもっと先にある、社会を豊かにするため、北海道を元気にするための仕事をしたいと考えています。

 

北海道を元気にするためには、北海道内の企業を元気にしなければなりません。

企業を元気にするためには、そこで働く人たちが健康で、希望を持って働ける職場であることが必要です。

 

企業の労働環境を良くすることプラスその企業がブランド化されていかなければいけないと思います。

その働いている会社が、社会から価値ある存在として認められている会社でなければならない、ということです。

労働環境を良くすることと、会社の価値が社会に認知されること、この二つをセットで考えなければなりません

 

ちょうどここ数年は人材不足が続いているので、人材確保に関する仕事の依頼が増えているのですが、会社が人材を確保するには、会社の存在感を高めなければなりません。

存在感がなければ誰からも見向きもしてもらえません。

求人広告の効果を高めることと並行して、会社そのものの知名度を上げていかなければいけないのです。

それには会社のブランディングが必要となります。

ですので、今弊社ではお客様の会社の人材を確保するために、「求人の活動」と「会社のブランディングを進めること」、この二つをセットとして支援させていただいています。

 

株式会社ケンズプロを立ち上げたのは、資格の枠にとらわれずより大きな視点で多角的に企業支援を行いたいと考えたためです。

 

 

8.仕事は愛でできている

 

「何だか上手くいかない」という会社では、会社が従業員に対しきちんと愛を示すこと、が必要だと思います。

その愛が一番ダイレクトに表れるのが賃金をはじめとする、環境や労働時間も含めた労働条件だと思います。

 

ある会社の社長は、人件費を1円でも切り下げようと躍起になっていました。

それは従業員さんには「不信感」として伝わり、「自分たちは信頼されてないんだ。期待されてないんだ。」と感じ、相応の仕事しかしないようになっていきました。

その会社では労働問題が絶えませんでした。

 

一方ある会社では、1円でも多く従業員に還元しようとしている社長さんがいらっしゃいました。

その会社では従業員さんも、社長の期待に応えよう、会社の為に頑張ろうとしていて、業績も好調、社員数も増えています。

 

労働条件は少しずつでも上げていかなければなりません。

賃金を上げるのは難しくても、ワークライフバランスを尊重するとか職場環境を改善するとかだけでも、より良くしていこうと、努力する姿勢が大切です。

 

労働条件をはじめとする「愛が伝わるもの」をクリエイトすること、それが弊社の仕事です。

 

広告や、社内報もその一つです。

ブランディングは、社外に対してのブランディングの他、社内に対してのブランディングも実は重要で、弊社ではインナーブランディングの支援に力を入れています。

インナーブランディングに重要な役割を果たすのが「社内広告」や「社内報」で、これらの作成も受託しています。

 

株式会社ケンズプロの活動における合言葉は「仕事は愛でできている」です。

働き方改革を推進し、職場や仕事全てに愛があるような社会にしていきたいです。