1 大高坂 滝 氏 不動産業【有限会社 MTハウジング 代表取締役】

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大高坂 滝 氏


有限会社 MTハウジング
http://www.m-t-h.info/
代表取締役

宅地建物取引士

略歴
2005年 設立

事業内容
賃貸住宅の仲介業務
テナント物件の仲介業務
不動産売買の仲介業務
賃貸不動産総合管理
不動産の借り上げ・サブリース
リフォーム業務・増改築・企画
損害保険の代理業務

北海道知事免許 石狩(2)第7857号
社団法人 不動産保証協会会員
社団法人 全日本不動産協会会員


若い時には道を外れたものの、家族の為に起業して堅実に事業を積み上げてきた大高坂社長。

真っすぐな信念で誠実に仕事をする姿勢はどこから生まれたのか。

お話をお聞きします。


1.起業前

 

【道を外して】

 

生まれてから中学校1年生の時までは網走に住んでいて、中学校2年生の時に札幌へ引っ越してきました。

田舎の網走にいた時は、少し勉強すれば成績も上位にはいましたが、札幌に引っ越して転入した学校が、当時は市内でも上位の成績の中学校でした。

当然のごとく僕の学力が全く通じず、成績は落ちぶれてゆきました。

そして、そのまま「落ちこぼれ」になりました。

 

高校も、当然のことながら良い高校には入ることができず、当時やんちゃだった高校に進学することになりました。

そしてこれも当然のように、周りの友人たちと同じ「状態」に、「交わって」ゆきました(笑)。

〇〇や〇〇、そして〇〇族をやって、という具合に周囲に巻き込まれて同じことをして、さらに落ちこぼれの方向へいきました。

そうですね。中学の時から不真面目でしたので、必然的にそうなっていったんでしょうね(笑)。

家は母子家庭で、姉一人と僕の二人姉弟でした。

この僕が、小さな頃バイオリンを習わされていたんですよ。バイオリンなんて本当に嫌で、そういう親からの「こうなりなさい」というのが本当に嫌でした。

姉は、北海道大学に進学してしっかり卒業するほど優秀だったんですが、親から僕に対しても、同じように進学をしろ、というようなプレッシャーが逆に強い反発心にもなっていました。

 

そんな感じで、単なる高校生の「クソガキ」になっていきました。

 

結局、高校は中退してしまいました。

 

高校を中退した後は、トラックの運転手や土木作業員の仕事をしながら、生活していました。

 

【転機】

 

起業のきっかけのきっかけは結婚でした。

 

23歳の時に結婚したんです。結婚の半年後には子供が生まれる予定でした。

そのため、結婚と同時にどうやって家族を養っていくか、ということを真剣に考えました。

 

当時はお金がなかったので、昼間働きながら、夜は飲食店でバイトをしていたんです。

そんな時に、中学校の時の同級生が、スーツを着て何人かで歩いていたんです。

明らかにサラリーマンですよね。話を聞くと、不動産会社で営業の仕事で働いているっていうんです。

「俺でも働けるだろうか」と聞いたら、基本的に学歴は関係なく、自分の成績次第の仕事だよ、って言わたんです。

すぐに面接を受けに行ったら合格したので、ここで不動産の営業の世界に入りました。

 

その時は23歳で年収600万円になりました。

 

歩合給の割合が高いので、一所懸命仕事をすればそうなれるんですよ。

ただ仕事は過酷でした。毎日、朝早くから夜遅くまで働きました。

5年間働いたところで、子供が幼稚園に入る時期が来ました。

その時の仕事は土日に休めないので、そのままだと幼稚園で運動会などの行事に、行けなくなってしまうんです。

それで、知人のツテを通じて、不動産賃貸の仲介の営業の仕事から、アパートやマンションを管理する仕事の会社へ転職しました。

アパート、マンションの管理・リフォーム・保有を事業とする会社でした。

その他アパートの企画・建築もしていました。

 

年収は、不動産仲介の時代と同じくらいの給与を約束してくれたこともあり、入社しました。

ところがその時の社長と、なかなか合わないところがあったため、半年ほどでいつか必ず独立するぞ、となりました(笑)。

しかし、現実的には、僕は不動産業界の中でも仲介の仕事しかしたことがなかったので、

ここは3年間ここで「修行」をして経験を積もう、と考えました。

3年後に必ず独立しよう、と。

 

【着実に】

 

マンションの管理、内外装リフォーム、土地を見つけてアパートを建てて売却して、そのオーナーさんのために入居者を見つけてくる、という仕事をしながら仕事を覚えてゆきました。

不動産投資の、1から10までの一通りの流れを仕事をしながら覚えていきました。

その会社の社長は仕事を教えてくれる人ではなかったので、自分で調べて、勉強しながら仕事を覚えていきました。

 

仕事は人に教えられるよりも、自分で苦労して、調べるなどして覚えたほうが身につくと思います。

試験勉強も一緒だと思うんです。インプットされたものはアウトプットできなければ意味がないんです。

いくら教科書を読むだけではだめで、問題集を解かないと身につかない。

とにかく、そこでは仕事は自分で調べて勉強して、完全に身に着けていきました。

独立後の保険代わりに、自分でも賃貸マンションを持つことにしました。

サラリーマンじゃなければ、賃貸マンションオーナーになるためのローンが組めないので、その会社にいるうちに2棟のマンションを持ちました。

2棟あれば、独立後に万が一うまくいかなくても、贅沢さえしなければ家族を食べさせていけるからです。

そして、働きながら夜間の専門学校に通い、宅地建物取引主任者(現、宅地建物取引士)の資格も取得しました。十分な貯金も作りました。

3年経ったところで、独立の「機は熟した」と考え、円満に退職しました。

 

2004年12月末で退職し、2005年2月1日に開業しました。

 

なんでもかんでもやろうとしても、今できることは一つしかないので入社した時から、

独立するまでは、独立に向けてやると決めたことを順番に一つ一つクリアしていきました。

 

くだらないことからいくと、当時とにかく欲しかったので、はじめはロレックスの時計を買うことでした。

その次は資格(宅地建物取引士)の取得。アパートの建築保有。そして独立、です。

本当に一つ一つでした。

 

目標を決めて、それを達成するにはどうしたらいいのか、となれば、目標の期限を決めると、おのずとやるべきことは決まっていきます。

 

そのように考えて一つ一つを達成していく、というやり方です。

 

 

 

2.起業

 

【時間】

 

起業時、不安は思っていたほどありませんでした。

保険としてアパートは持っていましたが、本当に最悪の時のためにもっていたので、そこでもお金は絶対に手を付けないと考えていました。

 

不安よりも、起業してわかった現実におどろいたことの方が大きかったです。

 

サラリーマンの時って、なんて無駄な時間の使い方だったんだろう、ということです。

 

起業すると、時間の余裕がすごくできたのです。

 

自分で事業をすると、利益をあげるために必要な仕事だけをやればいいんです。

 

そうすると仕事に費やす時間は、1日0分の時もあれば、数時間拘束されるときもあれば、30分しか必要がない時もあれば、なんですよ。

 

サラリーマンの時は、朝から夜までは少なくとも会社にいなければならない。

やることがなくても、会社にいなければならないので、余計な仕事をやるんです。

それって無駄な時間だったんだな、ということがわかりました。

 

不安がなかったのは、起業してすぐにお客様がいたこともありました。

これまでの不動産の仕事で、僕個人を信頼してくれていたお客様が、そのまま起業後もお客様としてお仕事をさせてくださった方も結構いたんです。

 

もちろんはじめは売上がない月もありましたが、すごく良い月もあり、1年間の中で考えれば、これなら大丈夫、という形になってくれましたので。

そういうことで、起業してから、どん底のような危機はありませんでした。

本社事務所ではいつでも趣味のボクシングのトレーニングができるようになっている

 

 

3.事業に対する考え方

 

【堅実】

 

悪いときはないわけではなかったんですが、そういう時に良い案件が来たりすることがあるんです。

ビジネスとして良い利益がでそうな案件です。

 

でも、

どんなに会社が悪いときでも、その案件にちょっとでもリスクがあるような案件であれば、絶対に手を出さないようにしていました。

 

例えばその案件をやることによって、多くの時間が取られてしまう案件とか、その案件のお客様が性格的に合わないような方だったり、という仕事は絶対にやらなかったんです。

無理して手をだして、一時的に利益が出たとしても長い目で見た時に、お金だけではなくて、時間や、気持ちなども含めて、マイナスになるものは手を出さないようにしてきました。

 

また、一時的な利益を追求することで、これまで良好な関係だったお客様との関係が悪化する可能性があることは、絶対にしてきませんでした。

 

信頼を失うことは最終的には大きな利益を失うことと同じですから。

 

目先の一時的な利益に飛びつく方は、世の中にはいると思います。

 

僕は基本的にローリターンでもローリスク、という仕事を積み重ねてきました。

 

僕は、結婚するまでやんちゃだったのは、「冒険をしていた」というよりも「何も考えていなかった」んです。

 

結婚を機に、物事をしっかりと考えて生きていくようになりました。

結婚して半年後に子供が生まれて、家族をもって、意識が一気にかわりましたね。

 

家族の希望は叶えてあげたいと思いますし、この人と結婚して良かった、とまでは言われなくても、この人と結婚しなければ良かった、とは言われないようにしたい、と思ってきました。

 

 

実は、小さい頃はコンプレックスのかたまりみたいなところがありました。

母子家庭だったことや、子供のころに皆がもっているおもちゃを買えなかったこともあります。

小児ぜんそくで小学校3年生までは、マラソン大会にでれなかったんです。

札幌に来てからは勉強もできなくなり、家では姉のほうが成績が全然良いので、親から叱られるのはいつも自分で。

となると反骨精神がどんどん養われたのです。

 

ある人が、何歳の時に独立して、何歳の時にマンションを建てて、という人生だったら、では自分は、全てその年より早く実現する、という目標をたててクリアしていく、というように、いままで必ずその反骨心を持って、目標をたてて実現してきました。

 

大高坂社長企画の賃貸マンション




 

【信頼】

 

独立する前の会社で働いている時、オーナーの方に対する仕事にやり方や考え方で、疑問に思うことがたくさんありました。

 

どうしてこうするのだろう、こうしたほうがいいのに、という感じです。

会社の方針なので、それに従わなければいかなかったんです。

そのときの会社は、目先の利益を生もうとするために、オーナーさんと決裂していまうこともあったんです。

それはそれで会社を存続するため、利益をえるためには、もしかすると仕方のかもしれません。

 

でも僕が自分で会社をやるときは、苦しくても目先の利益を追わずに、オーナーさんといい関係を築く仕事をしようと思いました。

 

あと気を付けているのは、

良い方とお仕事をすることにしています。

良い方に対しては自然と「良い仕事をしたい」と思いますので。

 

良い方と良い関係を続けるために、こちら側だけの一時的な利益を追わずに仕事をしていく、というようにしています。

 

そういう仕事をしていると、信頼いただけるようになるので、「あんたがそういうなら、そうしてよ」と言っていただく関係になります。

 

良いお仕事をすると、オーナーさんからも良いことを返していただけます。

こちらが良いお仕事をしても、良く返していただけないのなら、それまでの関係ですし。

僕は、常にこちらから良い仕事をし続けるようにしています。

 

この仕事は、オーナーさんとはとても長いお付き合いになる仕事なんです。

 

僕が変な物件をご提案して、そのアパートがうまくいかなかったら、オーナーさんの人生をつぶしてしまうことになる可能性があるんです。

 

そんな仕事は絶対にできません。

 

オーナーさんに成功していただければこちらも良くなる、ということです。

 

この仕事は

地道に良い仕事を続けて、その積み重ねで利益を出していく仕事だと思います。

 

それはこの仕事に限らず、他の仕事でもそうだと思うのですが、どうでしょうか。

 

8年間のサラリーマン生活と、起業して13年の仕事のなかで最終的に気づいたのはそういうことですね。

 

【人生プラスマイナスゼロ論】

 

これまで大きく事業が変化した、急成長した、ということはありません。

 

僕のまわりでいろいろ会社をやっている人を見ていますが、急成長するときって、必ず、そこに無理がかかっているんですよ。

地道に仕事をしていると、急に上向きになるっていうことはないんですよ。

 

 

僕は「人生プラスマイナスゼロ論」です。

 

もし急に上向きになったら、それで仕事を拡張して人を増やして、とするのではなく、会社を拡張せずに必ずその利益を取っておきます。

そこで会社を拡張すると、リスクも増える、ストレスも増える、経費も増えるとなってしまいます。

 

事業は上向きばかりではく、下向きになることも必ずあるので、下向きになった時のために、上向きになった時の利益は取っておくんです。

 

会社を大きくすると手間がかかるだけだと思っています。

 

よく「会社の従業員が何人になりました」「会社が大きくなりました」というお話は、純粋に「すごいな」とは思うんです。

自分にはできないので。

自分には何十人という人の人生を背負う甲斐性はないので。

 

自分にできないことには一切手は出さないんです。

 

自分は自分の畑しか分かっていないので、FXや株や投資信託といったお話のお誘いを受けるんですけど自分の畑と違うので一切手は出さないです。

 

なんでもそうですが、

得意分野だけをやることが一番結果をだせることなんだと思います。

 

できないことはなぜできないかというと興味がないからだと思うんです。

興味がないから勉強もしないですし。

 

起業して従業員もどんどん増えて、自社ビルも建てたのに、すすきのに湯水のようにお金を使って倒産してしまった人とかを知っているんです。

 

親から不動産を相続して、それを全てすすきのにつぎ込んで潰れていった人とか。

 

成功した人の本っていっぱいありますけど、あれを見て成功するならみんな成功してるはずです。

 

それより、

失敗した人の本があればそのほうが勉強になると思ってます。

 

それをやらないようにすれば良いので。

 

今、不動産投資の本ってたくさん出ていますけど、不動産投資の本には数字しか書いていないんですが、僕は不動産投資家ではなくて不動産屋なので、不動産全般についても熟知しています。

だから、不動産投資についても生の不動産をわかっているので、おかしなことに絶対にならないという自信があります。

 

 

 

4.現在

 

【新たなモチベーション】

 

フェラーリとランボルギーニを1台ずつもっています。

 

もともともっている先輩や友人の影響も少しありました。

そういう人たちに「こういう車いいよ」と言われ続けていた時期もあり、サブリミナル効果ですね(笑)。

テレビでお笑い芸人さんがポルシェを買う番組を見たんです。

その芸人さんが、小さなころから大変だった時代を経てポルシェを買う、という流れだったんですね。

それを見て、ボクシングの試合を見に東京へ行った時、その番組に出ていた車屋へいってみたんです。

事前にホームページを見て、展示している車をチェックしておいたんです。

 

いざ店にいってみると、その場で「買います」と買いました(笑)。

 

会社の事務所の壁がガラス張りでフェラーリが見えるようになっている

 

会社に余力ができてきたのと、フェラーリは会社で経費として落ちる、と聞いていたこともあります。

 

それまでは仕事も安定していたこともあり、慣れというか、少しだらけていた時期だったんです。

 

こういう車のオーナーの方と知り合ったら、その方たちから大きな影響も受けて、「ダメだ、仕事をしっかり頑張ろう!」っていう気持ちになれたんですね。

 

そして将来こういう車に乗れなくなった時に、売っても絶対に損をしない車種を慎重に選びました。

 

そこはやはり僕は不動産屋なので何を買うにしても「投資」、という考え方が頭に染みついていますから。

 

子供も喜んでくれましたし、周りの人たちも「見せてください」となってきてそれがまたモチベーションになって、という感じでした。

 

じゃ、2台持っているほうが良いな、となって2台目も買いました。

2台目のランボルギーニ

 

 

自宅もマンション兼の自宅に立替え、自社ビルも建てて、というように事業意欲が出てきました。

これは完全に車がきっかけでまた仕事に打ち込むようになったんです。

その間は大好きな趣味のボクシングもやらず、2年近く本当に仕事に打ち込みました。

 

決めたことは絶対に達成したいからです。




 

 

【これから先に目指すもの】

 

最終的には、中央区に「MTガーデンタワー」という10階以上の賃貸マンションをつくり一番上に住むことです。

 

子供たちも成人して、帰ってきたら住める部屋もあって、除雪もしなくてよいエリアにすみます。

 

 

 

5.起業を目指している方へ

 

以前のような

「会社が自分を守ってくれる」という世の中ではなくなってきています。

 

給料が下がる、税金が上がるという将来の不安の状態は、他人任せ、の状態だと思うんです。

 

自分のことは自分で守らなければいけないし、当然自分の家族も自分で守っていかなくてはいけません。

 

今、会社などで専門分野で頑張っている人なのであれば、自分の能力を活かして起業するのなら自信をもって起業して良いと思います。

 

起業をすると時間を有効に使えますし、自分の考えで仕事を進めるわけなので、成功しても自分の責任、失敗しても自分の責任です。

人のせいには何もならないんです。

 

まじめに謙虚に生きていれば、おかしなことさえやらなければ失敗はしないと思います。

 

絶対にやり切ろう、必ず達成しよう、と思ってやればできないことってないと思っています。

宝くじに当たる、総理大臣になる、こと以外なら、やりたいことを目標を決めて本気で頑張り続ければだいたいできるんだと思います。

 

こんな自分でもできるんですから。

 

人は生まれた時からすごい人だったわけではないんです。

みなはじめはゼロですから。

人は努力次第でどうにでもなれるものだと思っています。