14齊藤 隆 氏 第1章 コワーキングスペース【株式会社シェアデザイン 代表取締役】

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齊藤 隆 氏


株式会社シェアデザイン
http://sharedesign.biz

代表取締役

略歴
2013年1月 設立
2013年3月 クリエイティブラウンジシェア オープン

事業内容
コワーキングスペースを通じて地域活性化に関わる事業を行なっております。
コワーキングスペース運営。
ものづくりシェア工房運営。
シェアスペース開発。
子供向けイベント開発。
札幌市特定創業支援事業者。


「ないのなら自分で作ればいい」

いつかは自分で起業したいと考えていた齊藤代表。

「何をするべきか」で悩んだ時期もありましたが、いざとなった時の起業の理屈はシンプルです。

お話をお聞きします。


1.起業前

 

【一度就職を】

 

大学に入る前から起業したいという意識を持っていました。

 

でも大学を卒業する時、一度会社に勤めて社会を知ってからいつか独立しようと思い、株式会社ニトリの就職試験を受けました。

 

入社試験の最終面接は今の当時の似鳥社長(現・似鳥会長)でした。

 

その時に私は何を血迷ったのか

「会社には是非入らせていただきたいんですが、3年で辞めると思います。」

 

と言ったんです(笑。

 

ありえないですよね。

 

普通は「一生御社のために尽くしたいと思います」と言うのが正しいのだと思います。

でもその時は、その当時から有名だった社長を目の前にしてそう言ったんですよね。

その時は本当に3年で辞めると思っていたんですよ。

 

当時は、会社に勤めた経験もなくいきなり社会に出たところで自分は絶対に使い物にはならないと思っていました。

だから、3年間はほかの人に負けないように一所懸命仕事して経験を積んでから会社を辞めて自分で会社を作りたい、と考えていたので、そのことを面接で言ったんです。

 

当時は自分は「社長になりたい」「経営者になりたい」という思いはあったんですが、何の仕事で社長になりたいのかはまだ何も決まっていなかったにもかかわらず、そんなことを面接で言ったんです。

 

ほら吹きですよね(笑。

 

当時、似鳥社長は「変わった名前の人を採用する」とか「変わった人を採用する」という噂もあったようなのですが、多分僕は、たまたまそれに乗っかれたんだと思います(笑。

 

当時は100人くらいが最終面接まで行ったはずなのですが、そんなことを言う奴なんて他にいなかったんだと思います。

 

その面接の時、似鳥社長は

「わかった。ただ3年で起業できれば誰も苦労なんてしない。もし本当に起業したいのなら、まずはこの会社で会社の中心になれるように頑張ってみろ。」

 

とおっしゃったんです。

 

私は、確かにその通りだ、と思いました。

 

その面接に合格し、株式会社ニトリに就職が決まりました。

良い会社に入れた、と思いました。

入社してみると、実際に良い会社でしたね。

 

 

 

【会社員として】

 

入社後最初の配属は、新発寒(札幌市西区)にある配送センターの勤務になりました。

当時は配送センターの隣が本社でしたので、私は配送センターの本部で働きました。

2006年に東京都北区の赤羽に本部が移転することになり、それに伴い私も東京へ転勤することになりました。

東京では当時、商品部という商品開発をする部署にいました。

商品づくりのため海外へも行かせていただいたり、かなり多くの経験をさせていただきました。

その時は実は就職して10年以上が経っており、大学に入る前から持っていた起業魂を忘れてしまっていました。

「3年で辞める」と言っていたくせに、似鳥社長から言われたような会社の中心人物になれていませんでした。

それどころか、大きい会社でしたし、下っ端で毎日やらなければいけないことに追われる日々で、気が付いたら10年以上経ってしまっていたんです。

 

そんな日々を送る中35歳になったころ、当時は東京にいましたから、もうそろそろ札幌に戻りたい、と思うようになっていきました。

 

その時に色々考えました。

 

札幌に戻りたいと思い始めたことで、起業したい気持ちを思い出したんです。

でもまだ自分が何をして起業するのかを決めていませんでしたので、「今のままで札幌に戻ることはできない」とも思いました。

 

更にそのまま数年が経過しました。

 

 

 

【コワーキングスペースとの出会い】

 

そんな中、「コワーキングスペース」というのが日本にでき始めた、ということを知りました。

 

たまたまある雑誌を手に取ってみたら「コワーキングスペースで起業した若い社長」の話が出ていたんです。

大学を卒業したての若い人たちが、コワーキングスペースでIT系の会社を立ち上げる、という話でした。

読んだら、みんな笑顔で雑誌に出ているんです。

それを見て自分とのギャップに衝撃を受けました。

 

当時(2011年)はコワーキングスペースがまだ世の中にほとんどない時代でした。

日本では関西から少しずつでき始めた、という頃です。

その雑誌を見て、僕は「こんなに楽しそうに働いている訳がない」と思ったので、自分の目で確かめるため休みの日に東京のコワーキングスペースに行ってみました。

そしたら、皆が本当に楽しそうに仕事をしていて、また衝撃を受けたのです。

 

自分が会社員として働いている働きぶりといえば、「毎日嫌だな」と思いながら働いていたわけです。

にもかかわらず彼らは本当に楽しそうに仕事をしていて、しかもやっていることは大手の会社の社長や役員の方々と1対1で話ができるようなことを毎日やっているわけです。

その打ち合わせを同じフロアでやっているわけですから、そこにいるとその様子が聞こえてきます。

 

「いやこのコたちすごいな!」

 

と思いました。

 

僕はもう30代後半でしたけど彼らは20代前半ですよ。

 

まだ信じられないけど「このコたちには負けた」と思いました。

そして同時に僕は、「なんでこんなに楽しそうに働いているのかをもっと調べて何かに活用できたらいいな」と考えたのです。

 

そして調べれば調べるほど、コワーキングという働き方にとても共感がもてました。

会社の中にいると普通は、会社の上層から仕事が下りてきます。

 

しかし、彼らは自分たちが他者へ提供できるスキルを表に出して、いろいろな人と携わり、自分で人脈を作りながら、自分たちで仕事を作っていくということをやっていました。

そのようなことが、「コワーキング」という一つの「場所」を共有することで起きているということに、僕は強く共感しました。

 

会社にいれば会社のネットワークから外に出ることはないです。

しかも組織が出来上がっていますから、自分が何もしなくても仕事はあるわけです。

でも彼らは本当に自分がやりたいことを世の中の人に知ってもらったり、自分の会社を自分の力で大きくしていくことに喜びを感じて、雑居ビルにあるコワーキングスペースの中から「自分で仕事を作っている」という事実に僕は驚いたのです。

 

「これはすごい!こういう仕組みがあれば(僕も30代後半だけど)札幌に戻って自分で仕事ができるんじゃないか」と考えました。

 

そしてその時から僕は、自分がコワーキングスペースで起業することを考え始めました。

当時は「まずはコワーキングスペースに入って人脈を増やしていこう。人脈を増やせば自分の仕事を見つけるきっかけになるだろう。」と考えました。

 

 

 

【自分で作ってしまおう】

 

それで東京にいながら札幌にコワーキングスペースがないか探し始めました。

ところが当時はまだ東京にでき始めたばかりでしたから、札幌にはまだコワーキングスペースがないわけです。

それで「どうしようか、、、」となりました。

考えた結果、無いわけですから「自分で作るしかない」となったわけです。

 

皆さんなら、なかったら作りますか?(笑。

 

僕はたまたまニトリで働いていたためにインテリアの知識がありました。

簡単なレイアウト設計などの経験と知識がありましたから、「自分でできるだけお金をかけずに作ってしまおう!」と(笑。

実はそこから物件探しなどを始めるわけですが、それまでとは全く違う世界に飛び込んだ感じがしました。

 

そんな折、札幌にいる親が倒れてしまいました。

札幌に戻らなければならなくなり、退職するか否か非常に悩みました。

最終的には会社に相談したところ、札幌に転勤させてくださいました。

もし転勤がなければ、親のためにその時点で会社は辞めようと思っていたのも事実です。

 

札幌に転勤になってからは、仕事が終わった後や休日など倒れた親の手伝いをしながらも起業の準備もすすめましたね。

 

35歳で忘れていた起業魂を思い出したあと、コワーキングスペースを知り、そして、コワーキングスペースのムーブメントが起こり、また、自分の親が倒れた為に会社を辞めるか辞めないかということが現実的になり、札幌への転勤があり、と本当に色々なことが一時期に重なったのです。

 

「よしやろう。今やるしかない」となり、起業へ向かうことになりました。

 

全てが重なる、本当に不思議な期間でした。

 

 

 

2.起業

 

【創業~オープン前】

 

2013年1月4日が退職日です。

会社の設立は退職日と同じ2013年1月4日です(笑。

 

物件も決めて、2013年3月1日をオープンの日と決めました。

 

資金は借入をせずに自己資金のみでの開業でしたので、広告宣伝費にお金をかけることができません。

 

広告宣伝費の予算は0円です。

 

でもいきなり何の告知もせずコワーキングスペースをオープンしても誰も来ないと思いましたので、手探りでSNSをやり始めました。

会社員時代にはSNSは禁止されていましたから、起業するまではSNSをやったことはありませんでした。

そしたら世の中のムーブメントって怖いもので、「東京にこんなの(コワーキングスペース)がある」と聞いていた人たちが、何もしらない僕なんかのツイートに反応してくれるようになってきたんです。

 

「コワーキングスペースをオープンしようと思っています」

 

から始まり「今日は物件を見てきました」とか「この物件に決めたいと思います」とか。

椅子などの組み立ては全部自分一人でやっていたので「組み立て家具を今作ってます!」とかツイートすると、多くの知らない人が「いいね」をしてくれるんです(笑。

 

「いいね」だけじゃなく「ぜひ行きたいです」などのリツイートなども来るようになってきました。

 

3月1日の夜にオープニングイベントをやります、と告知しました。

オープン前のギリギリ前日まで大工さんと工事しましたね。

 

 

【コワーキングスペースのオープン】

 

SNSで準備の状況を配信し続けた結果、ありがたいことに3月1日のオープンの日には、ここに入りきらない50人ほどの方が来てくださったんです。

 

10人くらい来てくれれば良いな、と思っていたのに50人も来てくださったので、本当にその時は嬉しかったです。

当時のSNSの力と大切さを肌身を持って知った時でした。

 

自分の中でのきっかけと、世の中のムーブメントと、自分の家庭環境と、本当に自分の周りの全てがぶつかって爆発してエネルギーが流れ出たような感覚でした。

 

その時に来てくださった方のうち3分の1ほどの方は今でも関わってくださっています。

 

「何故齊藤さんは、前は全然関係がないことをやっていたのにコワーキングスペースをやることになったんですか?」とよく聞かれます。

 

「何故」と聞かれても実は「たまたまタイミングなんだよね」としか答えることしかできないんですよね(笑。

 

もちろん35歳くらいから数年間ずっと考え続けたことがあったから、その「爆発」に結びついたとは思います。

いろいろ不思議な偶然が結び付けてくれた起業でした。

 

今同じことをやりなさい、と言われても絶対に無理だと思います(笑。

 

当時のまだSNSが今ほど多くの人が告知などに利用する前だったり、コワーキングスペースのムーブメントのタイミングだったり、本当に良いタイミングだったと思っています。

 

コワーキングスペース

 

 

【オープンしてから】

 

オープンしてからは、初めに来てくださった50人の方々がそれぞれ数日後に来てくださって利用してくださったりしました。

 

1日数人ずつ来てくださっていましたね。

でも、基本的にコワーキングスペースは場所を貸すところですから、特に何もコンテンツがないわけです。

オープンするまではとりあえずコワーキングスペースをオープンすることに全力を注ぎましたから、場所を提供する以外何もないのです。

 

スペース利用料は今も当時と同じですが、2時間500円です。

1日数人の利用では売り上げ的には全然足りませんが、僕自身、単に場所を利用していただく以外にお金をいただくための手立てがありませんでした。

 

来てくださったお客様も、いざ来てみると何をすればいいのかがわからないんです。

コワーキングスペースってなんなんですか?という感じでしたね。

 

初めのころは

「来ました。お金も払いました。楽しそうな場所で僕は今ワクワクしています。ところで僕は何をしたらいいんですか?」

と聞かれたこともあります(苦笑。

 

その時に反省しました。

 

わかりにくいことをやっていても、お金を払ってくださる方は少ないということなんです。

僕は商売がすごく下手くそだな、と気づいたんです。

 

オープンイベントから2か月くらい経ったところでだんだんお客様の入場者数が少なくなってしまいました。

 

「これはこのまま行ったら半年くらいでここは無くなるぞ!?」

 

と思いました。

 

 

【イベントの開催】

 

このコワーキングスペースは私と妻の二人で立ち上げました。

 

オープンしてからの売上は毎月数万円程度でしたからアルバイトも雇うことはできません。

これはまずいと思い、考えました。

自分たちが提供できるのは場所と雰囲気しかなかったのです。

 

一方で、僕自身は来てくれる人のお話を聞いていると、それだけですごく楽しい。

相手はお客様なので、本当は僕が何かを提供するべきなのかもしれません。

でも、お客様が「実は私はこういうことをしているんです」というお話をお聞きするのがとても楽しかったのですよ。

 

フリーランスの方などは自分のスキルで生活しているわけですから、浅はかな自分が何かを提供するなんておこがましい、ということに気づきました。

それならそれぞれ色々なことをしているお客様に話してもらって、それを皆さんに聞いてもらうために人を集めればいいじゃないか、と考えたんです。

それでその時からここでイベントを始めました。

 

最初の頃は、例えば工作機械メーカーの営業の方にお願いしました。

 

「〇〇さん、実はここでイベントをやりたいそのイベントで工作機械のお話をしていただけませんか。まだ収入は少ないので講演料は払えないんですけど、、、」

 

OKのお返事をいただけたので開催することにしたのがイベントの始まりでした。

 

コワーキングスペース内に設置されている3Dプリンタなどの工作機械

 

 

僕が司会をして週に3~4回イベントを開催しました。

ここには、利用者の方にご利用いただける3Dプリンタやレーザーカッターなどの工作機械があります。

その使い方や、最新の機器などを持ってきてもらって説明などをしてもらったんです。

そうすると、そういったことに興味を持っている方々がお客様としてどんどん増えていきました。

工作機械の説明のほか、ここに来てくださるお客様でユニークなビジネスをしていらっしゃる方にお願いしてその仕事の内容をお話しいただいたり、いろいろなイベントを開催しましたね。

最初は1回5~6人だったのが1回20~30人くらい参加するイベントになっていきました。

ここから少しづつ収入が安定するようになりました。

イベントはオープンして3か月目くらいから始めたんですが、2年ほど続けました。

 

自分には何もないので、私が企画を立てて面白いことをしている客様にお客様自身のことをお話いただく、というようにしていきました。

 

そうすると面白いもので、人が人を呼んでくださるんです。

 

お話していただく方も、ご自身の友人や知人をイベントに呼んでくれたのです。

イベントの後の懇親会などでその友人の方々とお話をしていると、その方がまた面白いことをしていて、その方に講演をお願いする。

そうするとその方がまた友人の方をお連れしてくださり、、、、というようにどんどん人が繋がっていきました(笑。

 

開業時の広告宣伝費0円でスタートして、SNSと人のつながりだけでここまで来たのですが、今でも広告宣伝費0円できているのはこの経験からきているんです。

 

 

 

【大人の部活動】

 

他の活動としては、「大人の部活動」というのをはじめました。

 

趣味でつながる友達って、簡単につくれそうで実は大人になるとなかなか難しいものです。

大人になるとどうしても会社内での繋がりだけになりがちですから。

 

だから「部活動」という言い方をして同じ趣味を持つ大人が集まる場を定期的に作れないか、と考えたのが始めたきっかけです。

イベントと並行して開業1年目に「大人の部活動」をはじめました。

 

一番初めは「写真部」というのを作りました。

部活動をこの場所で開催し、参加者の方にスペース利用料をいただく、という仕組みです。

一番多かったときは7~8の部活がありました。

今でも3~4の大人の部活動が存在していますね。

 

最初は皆さんコワーキングスペースという場所はどんな場所か、何をする場所かわからない方が多かったので、まずはいろいろな方法で来てくださる方法を提供し、この場所を知っていただくことに力を入れてきました。

 

イベントや部活動で来ていただき、皆さんに場所を認識いただいて、今度はその中から昼間に来て仕事をしに来る方やお話をしにくる方が出てきて、というようになっていきました。

 

つづく