15塩見 亮平 氏 第1章 シルバーアクセサリー製造販売 【Wild Wood 代表】

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塩見 亮平 氏


WildWood
https://wildwood.jp/

代表

略歴
2007年 シルバーアクセサリー&レザーブランド「Wild Wood(ワイルドウッド)」開始
2012年 完全独自システムの工房を併設したショップ 「Wild Wood Shop(ワイルドウッドショップ)」
オープン


中学生の時にシルバーアクセサリーに出会った時から、今の道へと突き進んだ塩見氏。

自らの腕一本で道を切り開いていきました。


1.最大の目標

 

最大の目標は「オープン50周年を迎えること」です。

これはオープンの時に目標にしたことです。

僕が28歳でオープンしましたので、78歳の時にまだ現役で「オープン50周年」のお祝いをできれば、それまでの間に今願う夢を叶えて新たなる夢へ向かっているんじゃないかな、と思うんです。

 

 

もちろん「50年間お店を続けられた」ということも凄いことですし「健康でいられている」ということも含め自分を褒めてあげれると思うんですよね。

これからの45年をどうやったら楽しくなるかな、と考えています。

 

 

 

 

 2.起業するまで

 

【シルバーとの出会い】

 

14歳の中学校2年生の時に雑誌でクロムハーツ(※)を初めて見た時に、衝撃を受けました。

札幌の、とあるお店でクロムハーツを扱っているということを聞いてすぐに見に行きました。

実際に見てみると、あの重厚感、立体的なかっこよさに、中学生ながらに圧倒されたんですね。

その時からシルバーアクセサリーに強く惹かれていきました。

 

※クロムハーツ:1988年に設立された925シルバーアクセサリーの高級ジュエリーブランド。銀製品以外にも、22Kイエローゴールド、18Kホワイトゴールド、最高級品質の革製品なども取り扱っている。

 

それからは雑誌などに出てくるシルバーアクセサリーを見たりしてどんどん興味を惹かれていきました。

18歳の高校生3年生の時に、あるショップでシルバー教室をやるということで、それに参加しました。

自分は自由にやりたい性格なので、半年ほど経ってシルバー加工の基礎中の基礎を学んだところでその教室を辞めました。

それからは自宅で加工を始めました。

 

僕は定時制の高校に通っていたので4年間高校に行きました。

卒業してから1年間だけ普通に就職して社会人を経験しました。

 

 

 

 

【専門学校での経験】

 

でもどうしてもシルバーアクセサリーの仕事をしたくて、仕事を辞めて、改めて技術を学ぶために専門学校に入りました。

高校が4年生で、社会人を1年経験していますから、普通に高校を卒業して入学してくる人たちより2歳年上で入学したんです。

 

専門学校では、本当に素晴らしい出会いがありました。

その先生はレザー(革)の職人の方で、自分でお店を経営し、レザーアイテムの製作、販売している方だったんです。

その先生の授業は、机上の話ではなく、まさに「現場」のお話でした。

実際に製品を作って販売する、ということをやっている方から生の声・授業を受けることができたんです。

先生の授業によって、自分もよりシルバーアクセサリーを仕事にしたい!

という気持ちが強まりました。

そして「自分はこれ(シルバーアクセサリー)で生活していこう」と心に決めました。

 

 

専門学校に行っていた22歳の時、研修旅行で東京に行きました。

先生の人脈で、今でも活躍をしていらっしゃる有名ブランドの工房の見学をさせてくれたんです。

その工房での出来事がまた僕にとっては衝撃的でした。

そこの社長が大工の棟梁みたいな感じの豪快な方でした。

その社長が「お前、学校卒業したらここに働きに来ればいいんだヨ!」なんて、どこまで本気かわからないんですけど、ツラっとおっしゃるんですよ。

僕も大好きなブランドの1つでしたし「ここで働きたいな!!」と思いました。

 

と同時に、そう言われたことで自分で自分の気持ちに気づくことができました。

今でもはっきりと覚えてるんですけど

「いや。俺はここのブランドの物を作りたいんじゃなくて、自分のオリジナルの物をつくりたいんだ。だから他の工房に弟子入りしてはいけない。」

とも思ったんです。

こういったアクセサリーは、人にがっちりと1から10まで教えられてしまうと自分の個性が死んでしまう、と思ったんです。

確かに工房に入るのは近道であるとは思います。

でも時間がかかってでも自分でやらないとダメなんじゃないか、と思ったんです。

それがそこの工房にいかなかった理由でもあり、自分でオリジナルのものを作って販売しようと強く再確認できた瞬間でした。

 

専門学校では本当によい勉強と経験をさせていただきました。

 

 

 

 

3.卒業後

 

そうして専門学校を卒業したんですが、すぐには開業出来ませんでした。

 

まだ専門学校を出たばかりで実績も経験もないし、人にも知られていませんからお店を出す資金と勇気もありませんでした。

それでどうしたかというと、口コミで依頼を受けたものを完全受注生産の形で販売をしていきましたが、それでは生活できるほどの売上になりませんので、アルバイトなどを掛け持ちしながら進めて行きました。

 

いろいろなアルバイトをしました。

 

当時は「最終的にどういう形に行きつくか」というビジョンは見えていませんでしたが、とにかくアルバイトの掛け持ちで生活を成り立たせながら製品の制作、販売をしていました。

 

 

 

4.1度目の起業 ~苦しい経験~

 

専門学校を卒業して2年ほど経った24歳の時「いつか自分のお店をやりたい。独立したい。」と思いながらも、全く土台が固まっていない、そのステージに立てていない自分に嫌気がさして焦った時期があったんです。

 

そして、自分一人の力でどこまでできるか、ということを試してみたくて「モノづくり一本でやっていこう!」と考えて半年ほどアルバイトを辞めた時期がありました。

一人暮らしの小さな部屋に工房を作り、受注した製品の制作のみでの生活を始めました。

 

しかし、いざやってみると、結果は短期間での惨敗でした。

 

当時の自分はまだまだ甘かったです。

3か月経って売り上げが落ち込み始めたところで、一緒に気持ちも落ちてしまい真剣に仕事に打ち込めなくなっていったんです。

 

自分が好きなやりたい仕事をしている訳ですから、大変な状況だからこそもっと必死に仕事と向き合うべきだったんです。

 

今ならそう思えます。

 

今思えば、その時の経験は、今の自分に本当に生きているといえます。

 

当時の苦い経験があるからこそ、二度とあんな思いをしないためにも「仕事」の意味と大切さを学び、目の前の事に本気で打ち込めるようになったと思うんです。

 

 

 

 

5.社会復帰

 

 

それからは、友人のお店で1年ほどお世話になりました。

 

その1年間でいただいた恩は僕の中でとても大きく今後も忘れる事のないものになりました。

そして、いつまでもお世話になる訳にもいかないと思い、知人のところでの仕事を卒業させていただき、仕事を探し始めました。

 

次に始めた仕事はバーテンダーです。

 

以前にこのサイトのインタビューに出ていた、esエンターテイメントの鈴木社長も飲みに来てくださっていました。

 

後ほどお話しますが、結果的にそのバーで働いたことが自分の「転機」になりました。

 

そうやってまた何年か、アルバイトと制作の両方をしながら生活をしていきました。

 

アルバイトの時間の隙間で制作をして、という中途半端な状態でしたので「集中して良いものをつくる」という状況ではありませんでした。

半年ほど経ったところで「これではダメだ」と思い、時間の使い方を整理整頓することにしました。

 

4日間で1週間分稼ぐアルバイトをすることにしました。

 

1週間のうち、金土日月の4日間は、昼1時から8時まで仕事をして、それが終わって、真っ直ぐバーに向かい朝の5時までバーテンダーの仕事です。

 

 

そして、のこりの3日間は制作です。

 

しばらくすると体力的にに無理な状況となりました。

3日間の制作の日の初日に疲れて寝てしまうことが出始めたんです。

その時の自分への罪悪感と言ったら(笑。

途中で「自分を許そう」となりました。

「3日間のうちの1日目は休んでもしょうがない!」と。

1日目は何もせず休んで、残りの2日で制作をする、というように変えていきました。

 

こういう生活をしながら、また「いつか独立」を目指していきました。

 

そんな生活を2年ほど続けました。

 

そういうことをできる時期ってあるんでしょうね。

今だったら嫌ですが、当時は出来ましたね。

 

その時はお金を貯めるというよりも、制作をするために欲しい工具がたくさんあるので、制作で得たお金とアルバイトで得たお金で工具を揃えていきました。

その為、制作の仕事は当時ずっと赤字です。

自分の欲しいものはほとんど買えませんでした。

20代半ばですから物欲は沢山あります。

でも欲しいものを買うのを我慢して工具を買いました。

同じ世代で楽しんでいる周りの人を見ていると、羨ましかったですね。

「俺は今自分に投資しているんだ」って自分に言い聞かせていました。

そうして工具を揃えながらも少しずつ貯金もしていきました。

 

 

 

 

6.クオリティ

 

 

その間も制作については絶対に無理はしませんでした。

注文が多い時には、無理な次の注文を受けずに、お客様に待っていただいていました。

無理に注文を受けすぎてクオリティを下げることは絶対にしたくなかったんです。

自分が出来る限りのクオリティは守り、更に向上できるように試行錯誤していました。

 

 

 

 

 

7.開業

 

 

1度目の経験を活かし、再度シルバーの加工・販売で開業することにしました。

開業するときは本当に少ない資金でスタートしました。

資金はそれまでに貯めた自分の貯金と、国民政策金融公庫からの借入で開業しました。

 

今の店舗は4件目に見せていただいた物件でした。

 

 

まず、外観はいい感じだ、と思いました。

そして中に入ってみると更に素敵でした。

中の壁がコンクリートなところも気に入りました。

内装の完成イメージがすぐに湧いてきたんです。

壁にビスがついているので物もぶら下げることができる。

ここにディスプレーが組めるな、とか、ここに工房を置けるな、とか今まで見た物件ではなかった、店舗と工房の完成図を想像することができたんです。

自分がここで働くこと、がすごくワクワクする様な場所でした。

更に駐車場があることなど他の条件も揃っていました。

 

アクセサリー屋なので、好きな人は多少お店が遠くても来てくれるだろう、

と思いましたが、それには駐車場が必須だなと思ってたからです。

 

 

何より大家さんもがとても素敵な方でした。

 

すごく良い方なんです。

 

店舗の内装は、資材を自分で買ってきて、友達に手伝ってもらって作ったので、予定していたよりも少ない金額で作ることができました。

棚も床も工房も全部自分達で作りました。

楽しい時間でした。

 

 

僕の場合は商品が仕入れではなく、制作になるので時間がかかります。

たった10坪の店内ですが、商品で店内を埋める事の大変さを、この時に痛感しました。

ですので、オープン時の店内はアクセサリーより、いただいたお花の方が多いほどスカスカな状態でのスタートでした(笑。

 

 

現在のガラスケースなどはオープンの後徐々に導入していったんです。

 

2012年10月22日、「Wild Wood」をオープンしました。

 

 

つづく