6 渡邊 智紀 氏 飲食業【株式会社WONDER CREW 代表取締役】

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渡邊 智紀 氏


株式会社WONDER CREW
http://wondercrew.jp/
代表取締役

略歴
2010年 8月 創業
2011年12月 法人設立

事業内容
飲食店の経営及びプロデュース、コンサルタント業務
印刷物の企画、デザイン・編集・製作・販売
インテリアデザイン・内装設計・サインデザイン
ホームページ・広告宣伝物のデザイン及び企画制作
日用品雑貨の製造及び販売
その他前各号に付帯関連する一切の業務


若いにも関わらず非常に落ち着いた雰囲気の渡邊社長。

しっかりとゆっくり話す雰囲気とその内容には、強い目標達成意欲と信念が伝わってきます。

20代前半でたてた目標をほぼ達成してきている実行力はどのように養われたのか。

お話をお聞きします。


見出し

1.起業前
2.起業時
3.転機
4.戦略無し
5.ブランド
6.柔軟性
7.新たな目標
8.人にやさしく ~常識、非常識~
9.出店を加速
10.これからの事業について
【飲食業について】
【デザイン事業について】
【食について】


 

1.起業前

 

起業しようと思ったのは21歳の時でした。

大学に通いながら飲食店で働いている時でした。

そのお店は150席ほどある居酒屋で、僕が21歳の時はすでにベテランでした。

その日僕は「入口対応」の日だったんです。

金曜日の入口対応って、ひっきりなしにお客様がいらっしゃるので、「いらっしゃいませ」「お履物はこちらでお願いします」「ご案内おねがいします」の連続なんです。

あるときずっと「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」と言っていると、自分自身でふと

「この『いらっしゃいませ』なんか違うな」と思ったんです。

 

というのも、少し遡るんですが、家は親がもともとお好み焼き屋をやっていたんです。

小学生の頃から手伝っていたんですが、あるとき親が「買い物行ってくるからよろしくね」って、小学生の息子一人置いて出かけてしまったんです。

僕はお店で一人ぼっちになって、「やばい、お客さん来たらホントどうしよう!」ってなりました。

案の定お客様が来ました。

その時に

自然に大きく「いらっしゃいませ」って言ったことをすごく覚えているんです。

お客さんに来ていただいたことが、子供ながらにすごく嬉しかったんですよ。

 

お客さんに来ていただくことは、家の家計につながるんです。

家の収入が増えることになるんです。

子供でもそれは分かっていましたから。

 

その時自分の中から自然に出てきた「いらっしゃいませ」を自分の中でずっと覚えていて、21歳の時、ずっと「いらっしゃいませ」を言っていた時に、「あの時の『いらっしゃいませ』と全然違うな」と思ったんです。

 

やっぱり雇われの「いらっしゃいませ」だと、本当の「いらっしゃいませ」じゃないなと思いました。

仮に自分の店でやったら、もっと気持ちいい「いらっしゃいませ」を言えて、お客様もそのほうが嬉しいんじゃないかな、と思いました。

 

その時に、「自分で店をやりたい」と思ったのがきっかけでした。

 

僕が通った大学は、それほど良い大学ではなかったんです(笑。

就職活動がなかなかうまくいかなくて、就職活動の帰り道、泣いて帰った時もありました(笑。

「将来マジで不安だ」と思って(笑。

 

でも札幌にいたら自分はダメになると思ったので、あえて誰も知らない場所に行こうと思っていました。

会社選びというよりも、働く場所選びで就職活動先を選んでいました。

無事に、当時の紳士服の大手の上場会社に受かることができました。

勤務地は横須賀でした。

 

 

働き始めて少し経った23歳の時、親が店(お好み焼き屋)をつぶす、ということになりました。

通勤途中に電車の中で、親から「店をやめるわ」とメールが来た時、「自分が(親の店を)継ぎたい」と思ったんです。

有給休暇を取って親に会いに行き、「店をやらせてほしい」と頭を下げました。

 

それまでも「自分がやったらこの店をこうできる」っていうノートを作っていたんです。

そういうのを作っているうちに、どんどん自分でやりたくなっていったんですよね。

親からは「ダメだ」と言われました。

親は自分たちがうまくできなかったので、同じ経験を息子にさせたくない、というのと、当時僕が勤めていた会社は大手でしたから、そこで長く働いてほしい、と言って継がせてくれませんでした。

 

こうなったら自分でお金貯めてやるしかない、ということになりました。

24歳の時、「30年の人生設計」をつくりました。

 

26歳までに〇〇百万円貯めて、27歳で会社を辞めて、28歳で独立して、30歳までに3店舗を持つ。

という計画を作りました。

 

「目標の立て方」を自分で勉強したんです。

その見本通りに詳細の計画を作りました。

 

当社社員に「夢の達成の仕方」という題でレクチャーした時にもこのノートを全員に見せました(笑。

 

「結婚して、子供3人」だけはまだ叶っていませんが、それ以外は当時作った計画通りに全て実現しています(笑。

 

 

 

24歳で渡邊社長がたてた35歳までの詳細な計画(ほぼその通りになっている)

 

 

 

大学卒業してから26歳までの3年間で、貯金も目標の金額になりました。

 

そんなに給料がいい会社ではなかったので、貯金する為に休みの日は派遣で飲食店で働いて、全く休みなく働きました。

 

平日も仕事は夜9時まで働いて、その後電車で東京行って、朝まで働いて、帰ってきてまたそのまま仕事、っていう日はザラにありました。

 

 

昼飯は微糖のコーヒー1本だけで済ませたりとかしました。

微糖のやつを飲めばお腹にたまるので。

あとカップラーメン買いだめして、夜ご飯にして、という感じでした。

そんな生活をしていたら、給料安くてもお金貯まりますよね(笑。

 

3年で目標の400万円貯めて、会社を辞めて札幌に戻ってきました。

 

 

2.起業時

 

札幌では人脈もなく、原価率をどう出すかなどの飲食店の経営の知識もなかったので、まずは修行しようと思い、1年間すすきので働きました。

その時は結構楽観的で、料理人はなんとかなる、と思っていました。

すると実際に修行のお店で働いていた料理人が、店を出すときに来てくれたんです。

その料理人はまだうちの会社にいてくれています。

 

計画では28歳で独立でしたが、1歳早く27歳で独立することができました。

 

起業の時の不安は、最初の店のオープン近くなった時に少しありましたけど

それまでは8割は夢しかありませんでした(笑。

 

「早く始めたい」と。

 

やっぱり、個人店で1店舗目って、周囲からなめられるんですよね。

もちろん初めてですから実績もないので、「本当にこいつお金借りられるのか?」という目で見られました。

不動産会社さんも、良い物件を全然出してくれないんです。

悔しかったですね。

絶対見返してやる、と思っていました。

 

半年間くらいの間、物件を全然出してもらえなかったのが一番悔しかったですね。

その時は自分でも「本当にオープンできるのか?」と思いました。

最終的には1店舗目の物件が、依頼してから半年後にようやく出てきました。

今では優良物件の情報をどんどん頂けるようになりましたが、当時は全然ダメでしたね。

なので、独立しようとしてなかなか店舗が決まらない人の気持ちがすごくよくわかります。

 

2010年8月に1店舗目をオープンしました。

 

1店舗目をオープンしてからも不安はほとんどありませんでした。

夢のほうが大きかったです。

 

オープンして1か月目、2か月目は、黒字でしたが自分の給料までは出せなくて、大変だと感じた時期はありました。

でも大変だと思いながらも、楽しかったです。

 

 

3.転機

 

2ヵ月ほどしたところである心境の変化がありました。

それまでは、業者さんを見下してしまっていたところがあったんです。

当時は生意気に「業者さんは使うものだ」と思っていて。

「俺らが主役だ」という感覚だったんですね。

その考えが自分の中のどこかにあったので、業者さんも多分「生意気な若造だ」と見ていたんでしょうね。

皆さん協力的になってくれなかったんです。

 

そんな時にある営業マンの方が、僕に凄く良くしてくれるんです。

そうすると

僕もその営業マンの方に「ぜひ力を貸してください」という言葉が自然に出たんです。

 

そこから結構流れが変わってきました。

「渡邊さんのために頑張りたいです」と言ってくれる方も出てきて、それが凄くうれしくて。

その経験は今の経営理念にもつながっています。

 

使命・存在意義「関わる4人を幸せにする!」

WONDER CREWは「4人」を幸せにする使命と責任があります。

具体的な4人とは「お客様」「社員とその家族」「取引先様の社員」「地域住民」です。

ALL WIN精神で実直に「4人」を幸せにすることが我々の責任です。

 

経営理念はこちらから

http://wondercrew.jp/about/

 

そこで考え方が変わったところから、売上も増えていきました。

 




 

4.戦略無し

 

2年目の時に、開業に関する補助金が400万円くらい出たんです。

当時僕はバカだったので、その資金を次の出店資金にそのまま使ってしまったんですよね。

しかもその2店舗目も、10坪で600万円もの内装工事費用をかけてしまって。

 

400万円の補助金も収入になるんです。

でもそれも全部工事に使ってしまいました。

なので、翌年の税金が発生した時にはお金が無くて(苦笑)、その時は本当に大変でしたね(笑。

通帳の中に何千円しかないんですよ。

 

そうやって、2011年9月に2店舗目をオープンしました。

 

それでも眠れない夜はありませんでした。

現金商売なので、自分の中に何か自信があったんですよね。

土下座してでも何してでもお客さんに来ていただけばなんとかなる、っていうのが。

 

3店舗目までは現場に立って仕事すると決めていたので、現場にもずっと立っていました。

 

そして、計画通りに2012年9月に3店舗目をオープンしました。

 

ただ、何歳で何店舗という計画はありましたが、それ以外の計画なく連続して出店したので、今考えたら全然ダメな出店方法だったと思っています。

今だったらもっとうまくできる、と思えます。

 

今はブランドを「エゾバルバンバン」に絞って出店していますが、当時はブランドもバラバラで、とりあえず出店していた、って感じでした。

 

銀行との資金調達も、とりあえずいい物件があったら借りたい、という感じで計画性を持たずに借入していました。

 

それでも、そんな出店の仕方であっても、30歳までに3店舗出店した時に、目標を達成してしまって、甘えてしまっていましいた。

一時期、3か月ほど仕事もしなくなっていました。

自分の中で、「自分は成功者だ」なんて勘違いしていました。

 

そんな時、東京で成功している飲食店の経営者のブログなどを見たら、同い年で100店舗出店してるんです。

 

「このままではやばいな。いや、負けてられないな」と思って、もう一回自分に鞭を打ってしっかり長期計画を作ろう、と考えるようになりました。

僕も100店舗やってやろうとなったんです(笑。

 

とは言っても、今思うとその時もまだまだ僕は何も分かっていなかったですね。

どういうように出店していくか、という「戦略」がなかったんです。

あまちょろでした(笑。

 

4店舗目に「フィッシュマンズ円山」を出して、5店舗目に「べじそばなつき」(現在は閉店)を出店したんですが、5店舗目まで全く戦略もなく出店していましたからダメだったんです。

 

 

渡邊社長(前列右から5人目)とWONDER CREW従業員の皆さん

 

5.ブランド

 

その後、しっかりとした戦略を考える一つのきっかけは、6店舗目の「アザバルバンバン」の出店でした。

それまでは1業態1店舗、でやっていたんですが、「アザバルバンバン」の時に、1つの形態で何店舗も展開することをやってみようと思って試験的に出店したんです。

そして、この店舗形態での出店が成功したんです。

 

その1店舗目が当たったので、「よしこれで行こう」となりました。

ようやく自分のブランドが固まったんです。

 

でも細かいところを言うと「アザバルバンバン」も、麻生(あざぶ:札幌市北区の地名)のバル、だから「アザバル」なんですけど

大通りに出店しようとした時に「あ!アザバルじゃ行けないじゃん!」っていうことに気づいて(笑)。

ほんと、まだまだ全然アホでしたね(笑)。

 

「あ、じゃあエゾバル(エゾ=蝦夷:北海道の古来の呼称)で行こうか」となったんです。

「エゾバル」だとどこの場所でも出せますから(笑。

 

 

6.柔軟性

 

始めた頃は、中長期の数字的な計画をたてて、数字はその通りに達成してきました。

でも今の時代は、中長期を見通せない時代になってきていると思っています。

 

例えば、iphoneやスマホもこれだけ普及するなんて、少し前まで誰もわからなかったじゃないですか。

 

業態の「流行り廃り」のサイクルって、以前は6年でしたけど、今は2~3年でサイクルが変わるんです。

 

だから正直いうと、「エゾバル」のブランドも長く続くとは思っていないんです。

 

何かのタイミングでブランドを変えていく、という考えはいつでも持っています。

 

 

中食(なかしょく)にはアマゾンも進出してきています。

コンビニ業界もどんどん店内で飲食できるようになってきています。

 

(注釈)中食:惣菜(そうざい)・弁当などを買って帰り,家でする食事。また,その食品。

 

飲食の業界がこの先どういうトレンドになるのかはわからないんですよ。

 

やっぱりその時代の変化を読み取って、僕らも常に変えていきたい、と考えているんです。

 

変えていかなければいけないと思っています。

「変えることができる人が生き残っていく」と思っています。

 

中小企業はスピードが大事なんです。

 

そこは僕らも意識してやっていきたいと思っています。

 

 

サッポロさとらんど で従業員の皆さんとのBBQにて(渡邊社長:前列右から2人目)

 

7.新たな目標

 

今の目標は、2020年までに「エゾバルバンバン」の形態で40店舗出店することです。

そこまでは行けると思っています。

もっというと、40店舗以上は出せるとは思っているんです。

 

これまでは駅近のアルコール業態の「エゾバルバンバン」で出店してきました。

今回、屯田に完全ファミリー層向けの、郊外型の「エゾバルバンバン」を出したんですが、これがなかなか調子が良いので、これからは、この両輪で出店していきたいと思っています。

エゾバルの形態は、駅近も郊外型も両方対応できる形になりました。

 

 

8.人にやさしく~常識、非常識~

 

僕は人が好きなので、人を大事にしたいんです。

 

自分の最初の就職が上場会社だったので、独立するときに、まず会社の仕組みや従業員の待遇面は、上場会社を見本にしようと思っていたんです。

 

飲食店って社会的地位や給料水準が低いので、「これくらいの水準まで持っていきたい」という自分の基準が高かったんです。

その考え方が今の経営理念にも結びついています。

 

大学を出て就職した時の上場会社では、夏休みがあったんです。

普通は、飲食店で夏休みなんてないんですね。

当社は創業時から従業員に夏休みを取らせています。

 

結婚式への出席などで休む時も、休めるときに休んでいいよ、としていました。

 

自分が休めないのが嫌なので、従業員にも休みをとれるようにしました。

 

世の中の人たちは休みがあるのに、飲食店で働いている人だけ休みがない、というのが可哀そうだと思ったんです。

 

はじめの頃は、同業の飲食店の人たちからも「そんなの(休みがないこと)当たり前だよ」「夏休みとらせるなんておかしいよ」と言われました。

僕は「飲食人」ではなかったので、そんな常識は知りません

っていう感じで休みを取らせました(笑。

 

でもお店も会社も全然成り立っているんです。

 

やろうとさえ思えば、できることなんて沢山あると思います。

「常識は非常識」です。

 

「常識を疑え」というのは前職の理念でもあり、そこからも学びました。

一度就職した会社が飲食店ではなかった、ということも良かったんだと思います。

そこで飲食店の会社に就職してしまっていたら、飲食業の形にはまってしまっていたんだと思います。

 

 

9.出店を加速

 

「エゾバルバンバン」のブランドを作ってからは、出店をしないと目立たない、と思ってどんどん出店しました。

逆に言えば、出店していくと目立つんです。

ただ、この頃は以前とは違って、計画的に出店しています(笑)。

出店を加速していると、付き合う業者さんも変わってきますし、業者さんが当社を見る目も変わってくるんです。

札幌の飲食業界での噂を、出店を加速することで、自分で作りだしていきました。

 

それによってFCをやりたい、という話も増えてゆきました。

 

「計画的」に強引に出店していきました。

 

「エゾバルバンバン」のブランドで出店していくんですが、社員のモチベーションも上げたいので、違う業態にチャレンジしてみたり、工夫しながら拡張していきました。

「チャレンジ精神」というのもウチの会社の理念でもあるので、平行して新しい業態にチャレンジしながらも、エゾバルバンバンの形態を出店していきました。

 

当社の強みは商品開発力にあると思っています。

 

デザイン部門もあります。

だから自分たちがこれをやりたい、というよりも、この物件があります、この周辺に住んでいる人はどういうものを求めているか、そこからこれをやったらお客さんは喜んでくれるんじゃないか、と考えて業態を作っていく、ということが当社にはできるんです。

 

その力を活かすためにも、「エゾバルバンバン」のブランドで出店しながらも、地域のニーズを酌んで違う業態でも出店してきたんです。

 

 

10.これからの事業について

 

【飲食業について】

 

先ほども言いましたが、飲食業の短期目標として「エゾバルバンバン」のブランドで2020年までに、主にフランチャイズで40店舗出店することです。

長期目標では全国に100店舗出店できる業態を開発し、北海道を代表する会社にしていきます。

 

更に、社内ベンチャーもやっていて、2017年12月に一人独立しました。

同じように1年に一人ずつ、社内からの独立を推進してゆきたいです。

 

最終的には社内からの独立で、10人の経営者を作りたいと思っています。

 

起業してよかったことの一つに、従業員の成長を見ることができたとき、があります。

 

 

今回2017年12月に一人社内独立した元従業員が、独立により結婚することができたんです。

 

がけっぷちの状態での独立だったんですが、自分の店になるとなって、彼の目の色が変わったんです。

凄く意識が変わって、考え方も経営者になって、業績も伸びました。

その状態で彼と仕事をしたときに、すごく楽しかったんです。

自分自身もそれで大きな刺激を受けました。

これからは、社内独立でそういう人をもっと輩出したいと思っています。

 

先ほども言いました通り

現在の当社の強みは店舗開発力だと思っています。

この強みを生かして、経営の形態をフランチャイズ本部へと変化してゆきたいと思っています。

 

【デザイン事業について】

 

当社はデザイン部門を持っています。

この部門は、グラフィックとインテリアをメイン事業としていて、現在好調です。

この部門を更に伸ばしていきたいと思っています。

当社のデザイン部門が、店舗開発について外注をいただくことが多くて、現在、札幌でも飲食店の開発で上位になってきています。

ここは最終的には1番になることが目標です。

 

今年の4月に1人入社して、デザイナーが5人体制になります。

インテリア担当が2人、グラフィック担当が3人の体制です。

 

これからはクリエイティブの世界が伸びてゆく時代だと思っているので、そこを強化してゆきたいと思っています。

 

グラフィックは、主に飲食店の出店の際のポスター、ロゴ、そのほか全てのデザインをトータルで請け負います。

インテリアは、今は主に飲食店の出店の際の設計などをしています。

 

更にこれからは飲食店に限らず、ホテルや住宅など

幅広い分野でのトータルデザインをやっていきたいと考えています。

 

【食について】

 

飲食業として今は外食がメインですが、2017年の夏からセントラルキッチンを作って加工を始めたんです。

これからは卸しもやる計画です。

セントラルキッチンを利用して、当社で作ったものを一般の飲食店に販売する、という方法です。

 

その他、今お弁当の事業もやっているんですが

外食と中食を確立し「生活者にとってのライフスタイル企業」になっていきたいと考えています。

 

 

これらが全てWONDER CREWの目標です。

 


 

2月1日(木)株式会社WONDER CREW 取締役でアートディレクターの野村ソウ氏がデザインした、サッポロビール(株)・アークスグループ共同企画 北海道150年記念サッポロ生ビール黒ラベル「北海道名産缶」が発表されました。
野村ソウ氏(左
同北海道150年記念サッポロ生ビール黒ラベル「北海道名産缶」は、くしくも本日2月5日発売です。